南沢奈央の読書日記
2017/08/25

味わう、サマータイム

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撮影:南沢奈央

 雨続きで、日傘より雨傘が活躍した今夏。もったりした空気がまとわりついていただけの肌に、ひさしぶりに、強く鋭い日差しが突き刺さってきた。一瞬でじわっと噴き出てくる汗を感じて、これぞ夏だと嬉しくなった。だが仕事の現場に行ってみると、七分袖や長袖の秋色の衣装が用意されているから、しっかりと汗を拭って、呼吸を整える。
 もう秋がそこで待っている。夏の終わりが近づいてきている。でも、あの本を読まずに夏は終えられない。

 わたしは取材などで、好きな作家さんとして佐藤多佳子さんの名前をよく挙げさせていただいている。『しゃべれどもしゃべれども』に関しては、初めて読んだ約10年前から今に至るまでに、あらゆる場面で100回以上は熱弁している(大げさではなく)。この本はわたしが落語好きになったキッカケだ。そして趣味も仕事も交友関係も広がった。人生を変えた一冊である。ほかに、『黄色い目の魚』は、わたしが初めて演じてみたいと思った作品だった。高校生の男女間の恋愛とも友情とも言えない関係が何だかとても胸を熱くさせたのだった。もうすぐ大学生というその頃のわたしは、主人公のひとり、村田みのりを演じたいから、「自分が制服を着られる年齢のうちに、映像化してもらえたら…」なんていう、生意気なことを言っていた気がする。

 これら二作とともに、好きな佐藤多佳子作品三本の指に入るのが、『サマータイム』である。そう、この本こそが今回わたしが手に取った一冊である。
 表題作と三作の姉妹篇が収録されている。表題作では、17歳の進が6年前をふりかえる。一つ年上の気の強い姉・佳奈と、さらに一つ年上の大人びた片腕の広一と過ごした、濃密で儚いひと夏。ただ、描かれているのはよく晴れた夏の日ではなく、市民プールに行っても寒そうにしている人ばかりという、夏の終わりである。台風、グレーの雲のかたまり、湿った風、雷雨。まさに最近の天気のようだ。
 このジメジメしてどよーんとした情景、じっとりとした汗が滲んでいるような登場人物たちが、佐藤さんの手に掛かると、何て爽やかなこと……!文章から、涼風を感じることができるのだ。佐藤多佳子マジック!わたしが著者の作品が好きな理由のひとつだ。
 繊細な表現によって作られる作品全体の空気感もあるが、ちょっとしたエッセンスによって爽やかさがさらに演出されているように感じる。例えば、食べ物の描かれ方。進と広一がショッピングセンターでばったり会って、母親の再婚のことで悩む広一の話を聞くことになるのだが、そこで二人で食べているのが、チョコミント・アイス。これによって、思い悩む二人の少年がとても清らかに見える。
 そしてその後、家で佳奈が作ったゼリーを三人で食べる場面。わたしは『サマータイム』の中で一番好きだ。青と青緑と緑の奇怪なミックスになってしまったそのゼリーは、砂糖と塩を間違えて、しょっぱいゼリーになってしまっている。だけどそれを三人で“海の味だ!”と夢中になって食べる。そして空になった時、夏の終わりを悟るのだ。ひりひりした切なさと、夏を駆け抜けた瑞々しさが伝わってくるひと場面である。

 他、小学生になったばかりの佳奈の強さと弱さが見える『五月の道しるべ』、16歳の広一の家族の物語『九月の雨』、季節は冬、心を閉ざした14歳の佳奈の心を溶かす『ホワイト・ピアノ』を続けて読むことで、『サマータイム』がより一層深く心に届くものとなるに違いない。
 わたしは毎年夏になると『サマータイム』を手に取る。今年も爽やかな風で心を撫でてもらい、自分の思い出のように胸に焼き付いた。これで、思い残すことなく秋を迎えることができそうだ。

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