南沢奈央の読書日記
2024/04/19

アイスカフェラテの氷

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撮影:南沢奈央

 アイスカフェラテの氷が溶けるのが速い。美容院に行ったばかりの首筋が太陽を浴びて熱を持っている。朝いちばんに干したこたつ布団が午前中に乾いた。
 時は着実に、というかいつも通りに正確に進んでいるな、と思った。ほんと、ぼうっとしていたらあっという間にまたこたつ布団を出す季節がやってきそうでこわい。
 一日一日をちゃんと生きたいな、と思うようになったのはいつからだろうか。計画を立てて朝から予定をびっちり詰め込む日もあれば、何もせずに家にいるだけの日もあったりする。だけど、それはその日の“ちゃんと”なのだ。その日にしたいことをすること。それがちゃんと生きること、だと信じて。
 今、カフェのカウンター席で原稿を書いている。パソコンの横にあるカフェラテのグラスが汗をかいていて、氷が溶けて上のほうに薄い層ができている。こんなに溶けるの速かったっけ、と気づいた瞬間になんだか泣きそうになってしまった。あぁ、儚い……。

『ツユクサナツコの一生』は、昨年6月に発売されたときにすぐにチェックしていた。読みたいと思いながら積読の頂上にずっと置いておいたまま、1年弱も経ってしまった。でもこのタイミングでふと、今だ!と思ったのだ。だから今だったのだろう。
 重みのある一冊だった。物理的にも内容も。
 最初は、主人公の32歳漫画家のツユクサナツコの日常と、ナツコの描く漫画にほっこりしていた。描かれている時期で考えると、もしかして自分と同い年かもとか思いながら、さまざまな思いに耽る。あの頃の、切っても切り離せないマスク生活。あぁ、ずっとマスクで顔を知らないまま出会って別れる人とかいたな、とか、ワクチンの予約の電話がまったく繋がらなかったな、とか。コロナ禍にこんなことがあった、けど乗り越えてきたんだよな。
 ちょうど先日、わたしの母がやっている合唱の演奏会を観に行って、4年ぶりの開催だと話しているのを聞いて思い出していた。そういえば4年前も、家族みんなで観に行って、でもみんなマスク姿だった。合唱は感染のリスクが高いとされていたから、お客さんも異様な緊張感だった。そして、帰り際には会場の近くの薬局にいくつか寄って、入手困難となったマスクを探しに行ったんだった。
 
 やがて、ドーナツ屋でバイトをしながら漫画をコツコツ描き続けていたナツコのもとに、東京の出版社からウェブ連載の話がくる。この生活がいつまで続くのだろう、という終わりの見えないコロナとの闘いのなかでの明るい兆し。
 と思ったら、終盤の思いがけない展開。わたしは一旦本を閉じて、窓から外を見た。ナツコが漫画に綴った言葉が蘇る。
〈理由もわからないまま ある日突然 日常を奪われ ついさっきまで誰かと笑い合っていた時間までもが 消えてなくなったら?
まるで 朝咲いて 昼にはしぼんでしまう ツユクサみたいに〉
 タイトルの意味を知る。ツユクサナツコの一生。積読中にも表紙の『一生』という言葉からメッセージ性を感じたのを思い出す。
 読了後、こみ上げるものが多くて消化しきれないまま。カフェラテの氷は溶けていく一方だし、さっきは暑いくらいに晴れていたのに曇り空になっている。
 どうしたって時は流れていく。でも通り過ぎていく日常の一コマ一コマが愛おしいものになればいいな。

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