南沢奈央の読書日記
2018/08/31

もやもや、トイレいくよ

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撮影:南沢奈央

 早く30代になりたい、と思う。あまり共感されることもないし、これを言うと何だか強がりのように思われるのも癪なので、口に出すときには慎重になっている。
 今年の6月、わたしは28歳になった。正直言って、どう胸の内を探しても、うれしさも焦りも見当たらなかった。今までは年を重ねていくことに喜びを感じたり、逆に切なさや淋しさを覚えたりした。「28歳になりました」。自分はこのことについて、“何とも思わない”ことに気が付いた。
 そう、何とも言えない年齢なのだ。女性同士の会話でよく出る話題のひとつに、肌についての悩み、がある。わたしはこの会話になったときに、困る。正直に、「乾燥肌だし、シミも最近出始めて……」なんて言ってもだめだと分かっている。5つほど上の人にそんな話をしたら、「まだ20代なんだから、そんなこと言っちゃダメだよ」とけっこうマジなトーンで怒られ(た気がして)、すぐに話題を変えたことがある。年下の子に言ったら言ったで、「そんなことないですよ」の言われ待ちみたいになってしまう。かわいい後輩は実際に言ってくれて、「なんか言わせたみたいでゴメンね」などと最終的にわたしが謝って、話は終わる。

 30代になったら、もう少し、年齢的な立ち位置を気にしすぎずに発言できるようになるのかななんて、淡い希望を抱いて、早く30代になりたいと思っている。
 だからと言って、30を超えたからって状況が変わるわけでもないことも気付き始めている。急に楽になるはずもない。分かっている。その時その時の悩みがまた生まれるのだと、益田ミリさんの『マリコ、うまくいくよ』を読んで思った。

 年齢とともによく意識するのは、仕事を始めてから何年目かということ。わたしは今年女優を始めて13年目になる。社会人12年目の矢部マリコさんの〈新人時代はとっくに終わっているものの、ベテランというほどの歳月は流れておらず 会社では、なんだか宙ぶらりん〉という状況分析に頷く。わたしも4年目くらいからもう自分は新人ではないことを自覚していたし、まだ「ベテラン」はしっくりこない。そして、宙ぶらりん。自分の立ち位置ってどこなのだろう。
 本書には3人のマリコさんが登場するが、その中で一番のベテラン・長沢マリコさんは、仕事も人間関係もそつなくこなしている社会人20年目。部長などと調子よく話を合わせている様子を、隣の席で見ている12年目マリコさんは、“こんなおばさん外交はしたくないけど、こうなれたら楽かも?”と考えたりしている。
 もう一人のマリコさん、社会人2年目岡崎マリコさんも、会社にいる大人たちを見て“おばさんぽくはなりたくない”と思っている。自分の意見が言えないことに悔しさを覚えながら、外見を変えてみたり、先輩に相談してみたり、自分を変えようともがいている。
 ふたりの後輩マリコから、こうはなりたくないと思われている20年目マリコさんは、彼女なりに焦燥や不安を抱えている。同期の男性社員がどんどん昇進していく中で、自分の出世は半ば諦め、上司とはうまくやれるけど、後輩に対して素直にやさしく接することのできないもどかしさ……。
 それぞれが、先輩を見ては自分の未来を思い描き、後輩と接しては過去の自分を顧みる。
 そして吐き出せない胸のもやもやと必死にたたかう。時に抱えきれなくなったら、トイレの個室でひと息。そこで3人のマリコさんは現在の自分と束の間向き合い、また外へ出るのだ。
 最後には少しだけ素直に、そして勇敢になったマリコさんたちの姿に、「うまくいくよ」とエールを送るとともに、彼女たちから受け取った「うまくいくよ」を、自分がこれからトイレから出る推進力に変えたい。

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