南沢奈央の読書日記
2019/06/14

ラブコメ×ネタバレ

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撮影:南沢奈央

 大手企業の創業社長の息子と、普通のサラリーマンの父のもとで育った娘が、周りの思惑や身分の差、世間体に悩み、お互いに反発し合いながらも、惹かれ合っていくラブコメディ。
 韓国ドラマでは、こういう設定のものが多い。わたしはそういった、よくある韓国ドラマにハマってしまうタチだ。
 さまざまな事件が起き、障害があろうとも最終的にはふたりは結ばれる、というお決まりの結末は見えていても、結構。そこにたどり着くまでの過程がおもしろいのだ。
 気の強い娘は、いくら相手が上流階級の息子だからって物怖じしないで、憎まれ口を叩いたりする。会えば言い合いばかりをするような二人も、いつの間にかお互い、気になる存在になっている。だけど、自分の気持ちに正直になれず、つかず離れずを繰り返す。そうこうしている間に、彼の方は他の会社の社長令嬢との政略的な結婚を周りから勧められ、彼女の方にも庶民的で付き合いやすい男性からのアプローチが。お互いに恋敵が現れ、自分の本当の気持ちを認め始める。もはや手遅れだと諦めようとしたところで、恋敵だった人物が二人の為に良いパスを出してくれたりするのも、わたしの好きな展開。そして二人はようやく、結ばれる……。

 以上が、約60年前に書かれたという、源氏鶏太氏の『最高殊勲夫人』のあらすじだ。
 先週読んだ西口想さんの『なぜオフィスでラブなのか』で、「オフィスラブ小説の『原型』のような長編小説」であり、「昭和のラブコメ」と紹介されていた本書。どういうものかと読み始めたら、まさにわたしの大好物である韓国ドラマのような内容だった。小説に対して、ひさびさに「ハマった」と思った。
 韓国ドラマのように交通事故に遭って記憶を失くしたり、実の親と再会はしないが、本書にはもっと特異なおもしろい要素がある。
 それが、「玉の輿三重奏」だ。大企業である三原商事の創業社長の息子は3人いて、長男と次男はそれぞれ、普通のサラリーマン家庭である野々宮家の長女と次女とすでに結婚しているのだ。つまり、本書のラブコメの主人公たちは、三原家の三男と野々宮家の三女だ。「玉の輿三重奏」が完成するかどうかを巡る恋愛模様なのだ。
 三女・杏子は、父親が、娘2人そろって玉の輿に乗るかたちになったがゆえ、世間体を気にしていて、本当は、気軽に付き合える庶民的な娘婿が欲しいと思っていることを知っている。「恋人があるか」と問われて、浮かぶ顔が“父親”であるくらいに、父親思いの娘である。だから自分は、恋愛結婚でなくとも、「両親が気に入り、自分も気に入った男性であったら見合結婚でもいい」と思っている。
 それでも、杏子は「それとは別に、やっぱり、恋人と呼べる男性がほしかった」。それから、恋人探しに奮闘する姿がとても可愛らしい。
「そういう恋人を得るには、今のままではいけなくて、やはり、会社勤めでもしなければ、無理」だということで、杏子は三原商事の秘書室で働き始める。先週読んだオフィスラブの時代背景を思い出す。本当に出会いの場が職場しかなかったのだろう。でも秘書室にいるだけだから、「どの社員が独身で、どの社員に奥さんがあるのか」分からず、真っすぐに同僚の男性社員に聞いたりする。

 意地を張り合って、「好き」という気持ちを認めない男女ふたりの微笑ましい恋愛。ドラマのような展開で、きっとこうなるんだろうなと分かっていても、キュンキュンしてしまう。
 意外な人物の登場や思いがけない事件、また軽妙な会話のやりとり、ほのかに感じる昭和の香りの描写によって、ストーリーに身を任せて、最後の一文字まで楽しませてもらった。
 今回は内容や結末までほとんど紹介してしまったが、その上で読んでも、絶対に楽しめることを、約束する。

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