南沢奈央の読書日記
2017/09/29

わたしのお姉ちゃん

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撮影:南沢奈央

 姉から一冊の本を渡された。読むのを止められなくなり一日で読んでしまった、というその本の帯にはこう書かれていた。
 “お姉ちゃん、あなたは本物なの?”
 どれだけ面白いのかと気になるけれど、その前にお姉ちゃん、この本を受け取った妹は、心がざわついています。この本によってわたしに何かを伝えたいの?お姉ちゃんのことを本物かどうか疑えってこと?……いや、元々湊かなえさんの作品が好きな姉が最近『豆の上で眠る』を読んで、面白かったから勧めてくれただけだ。
 この読書日記も毎週欠かさずに読んでくれていて、ときどき、取り上げた本も読んで感想をくれる。余談だが、先日は、新しい椅子を買って乱歩の『人間椅子』を思い出したエピソードを読んで、興味あると言ってきた。だからすぐに貸したのだけど、「怖そうだから、なかなか読み始められないんだよね、“椅子人間”!」と、お化け屋敷に入る前から怖がっているようだけどその入り口間違えてますよ、と突っ込みたくなるような、おちゃめな姉なのだ。

 ただ、いくら仲が良いとは言え、“私は本当はこの家の子どもではないんじゃないか”と子ども時代に不安に駆られたことがある人は、少なくないはずだ。
 この物語の安西姉妹もそうだ。気も合うし、一緒によく遊ぶ。でも妹・結衣子は、姉・万佑子と違う部分を気にしている。万佑子ちゃんは色白でフリルやリボンのついたピンクの洋服がよく似合い、頭が良くて本が好き。一方自分は、夏になると真っ黒になって、水色のものを買い与えられ、文字が記号にしか見えず読書が苦手。何より、顔が姉妹で全然似ていない。父親譲りの顔立ちである万佑子ちゃんに対して、自分はどちらにも似ておらず、周りからは祖母の姉に似ていると確認できないようなことを言われてしまう。そして、病弱な姉が大切にされているのを見て、自分はどこからか貰われてきた子どもなのではないか、と悩む。
 わたしも結衣子の気持ちがよく分かる。小学生の時、家族の誰とも似ていない部分を見付けたときに、ふと両親の血液型がB型で自分がO型であることを思い出して不安になった。弟もB型だ。もちろん後に教えてもらうことになるのだけど、BとBからOが生まれることをよく知らなかったから、血が繋がっていないのではないかと思い込んでいた。そこで姉もO型であるという事実が妙に心強かった。お姉ちゃんとは一緒だ、と。

 結衣子も、万佑子と一緒の部分を探して、見付けては安堵していたに違いない。
 だが結衣子が小1の時、小3だった万佑子が突如行方不明になり、意外な変化が起きる。もちろん仲良しの姉がいなくなったことでショックはあったが、“この家の子どもなのか”という自分自身の不安は消え、むしろ姉がいない家で、“自分が可愛がられている”と実感していく。
 二年後、姉が発見、保護される。が、何か、違う。“姉は偽ものなのではないか”。そんな疑念が浮かぶ。帰ってきた人物は、姉を名乗る見知らぬ少女のように感じたのである。
 本人か試すために、むかし遊んだ思い出やアイスの味の好みを訊ねてみても、答えは以前の万佑子そのものだ。姉が戻ってきたことで両親も喜んでいる。疑っているのは結衣子だけ。それでも、得体のしれない違和感が居座り続ける。
 行方不明の間に姉の身に何があったのか。目の前の姉は一体、誰なのか。
 最後の一行、二十歳になって真実を知った結衣子の、究極の切なる想いが胸に突き刺さる。

 わたしが読む前に勝手に想像していた深いメッセージなんて、姉には無かったと思う。
 あったとしても、この本を貸してくれたこととわたしのお姉ちゃんでいてくれたことに、感謝したい。ありがとう。

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