南沢奈央の読書日記
2017/07/07

ドッグイヤーで旅に出る

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撮影:南沢奈央

 先週、数年ぶりに手に取った吉本ばななさんの『日々の考え』の中に、一か所だけページの端が折られているところがあったのだが、読んでみるもピンと来なかった……なんていうことがあった。ドッグイヤーしているということは、感動したり、覚えておきたいと思ったはずだ。なのに読んでも思い出せないなんて。だけどやっぱりそうやって“しるし”が残っていると、つい考えてしまう。初見の新鮮な感覚の自分から、数年後ふたたび手に取る自分への、メッセージなのではないだろうか。
 ドッグイヤーしたページをもう一度、読み返してみた。そこには、吉本ばななさんがとても尊敬しているというご友人のひとりで、「天才」と呼ぶ人物の本のことが書かれている。たかのてるこさんの『ガンジス河でバタフライ』だ。著者が20歳のときに、長年夢見ていたひとり旅に出る、爆笑紀行エッセイである。吉本さん曰く、“旅が好きなあなたには参考になるでしょう”。それでおそらく興味が湧いて、ドッグイヤーをしたのだろう。

 というわけで、早速本を購入した。
 なるほど、あのステキな吉本さんが大絶賛するわけだ。
 文章から滲み出る、ポジティブオーラ。著者の人柄がとてもよく見える。明るくて、人にやさしくて、あたたかい人なのだろう。そして、笑顔がとびきり魅力的な人なのだろうなと思った。文章からそう感じたのは初めてだ。
 わたしもひとり旅をたまにするが、旅先で笑うことはほとんどない気がする。もちろん楽しいのだけど、ずっとひとりで過ごすわけだから仕方ない。だから著者がひとり旅で、しかも初めて行く場所で、言葉も通じない人たちと一緒に笑い合っていることが、衝撃だった。緊張している時こそ、笑うべし。不安な時こそ、笑うべし。そうすれば、自分の心だけでなく、相手の心も自然とほぐれる。このような、旅先だけでなく、実生活の対人関係でも使えそうな“コツ”がたくさん詰まっている一冊だ。
 著者は、初ひとり旅の香港のお粥屋さんで、隣に座っていたおじさんと、「グッド」という単語ひとつで話をし、しまいには仲良くなったりしている。それも自然に。言葉が通じないと思うと、話しかけるのも躊躇ってしまうのが普通だ。だけど懸命さや優しさがあれば、伝わるのかもしれないなと思った。単純な言葉でも、しぐさや感情の込め方次第で伝えられる。逆にいくら流暢でも気持ちが届かないときもある。
 わたしは普段から、言葉を発する前に必ず頭の中でたくさんたくさん考える。どの言葉をチョイスすれば一番よく伝わるだろうか、表現は適切だろうか、相手を傷つけないだろうか。結局、考えすぎてしまって気持ちの部分が小さくなってしまって、うまく伝わらないなんてこともある。だからこそ、著者があらゆる国で、真っすぐな表現で、多くの人と心を通わせている様子を見て、わたしは雷を打たれたような気分だった。

 確かに吉本ばななさんが言うように“旅好きに参考になる”。それに、勉強にもなる。だけど旅の内容に関しては、あくまで参考までに……しておこう。たかのてるこさんのように、ガンジス河でバタフライをして、死体とぶつかってしまっても泳ぎ続けるような精神力も、インドで一度もお腹を壊さないような体力も、わたしにはない。決してマネはできない旅だ。けど、すぐにでも旅に出たくなる。人と出会いたくなる。
 今年の夏休み、良い旅ができますように。というか、夏休みがもらえますように!……と七夕の夜に想うのです。

 ***

[編集部より]
南沢奈央さんが出演する舞台「カントリー」は7月12日~17日までDDD青山クロスシアターで上演される。主演は大空ゆうひ。共演に伊達暁。世界各地で公演されてきた舞台の日本初上演。男女三人の三角関係を描き、何通りもの解釈ができる、秘密が散りばめられた物語。南沢さんはある夫婦の関係を脅かすミステリアスな女を演じる。

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