「(難しい顔で)表現って楽しい!」
台本には情報が少ない。“ト書き”という、シーンの場所、登場人物の行動などを説明したり指定したりする文章が数行あるだけで、あとは基本鍵括弧(カギカッコ)に括られた台詞が並んでいる。
ただたまに、その鍵括弧の中に括弧が入ることがある。
「ほんとに?」。今こう思った人がいたとしたら、声に出してみてください。さてあなたはどのように、言ったでしょうか。
「(驚いて)ほんとに?」「(疑いながら)ほんとに?」「(やけにうれしそうに)ほんとに?」……。このように、様々ある言い方の中から方向性のヒントを示してくるのが、括弧の役割だ。
だが、あくまでヒント。どうして驚いたのか、どうして疑っているのか、どうしてうれしそうなのか。これは台本には書かれていない。なので、どの程度驚き、疑い、うれしがっているのかは、それぞれ役者が考えなければならない。
さらに言ってしまえば、貴重なヒントである括弧もそのまま表現すればよいというものでもない。(驚いて)と書かれていても、驚いた素振りを見せたくないから平静を装って言う人もいるだろうし、会話を盛り上げるためにわざと驚いたリアクションで言う人もいるだろう。
正解はない。でも考える。「ほんとに?」の裏側にあるのは、「知らなかった、恥ずかしい」だろうか。「絶対嘘だ」だろうか。「もっと話を聞かせて!」だろうか。こうした言葉の裏、いわゆる“サブ・テキスト”を考えることが、表現に厚みをもたせるための重要な作業なのだと信じて。
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- 木洩れ日に泳ぐ魚(さかな)
- 価格:649円(税込)
表現された言葉の表面だけでは、わからないことがたくさんある。「今、実際にしゃべっていること」と「心の中で本当に思っていること」は必ずしも一致しないからだ。
その点で、恩田陸さんの『木洩れ日に泳ぐ魚』は、かなり演じ甲斐がありそうだと思った。
登場人物は、男女ふたりだけ。マンションの一室での、ある一晩の話である。ワンシチュエーションの会話劇だ。
ふたりが一緒に住んでいたという部屋は片づけられ、空っぽの状態。最後の一晩をここで過ごして、明日からそれぞれ別の場所へと歩み始める。ささやかな乾杯をして、女が言う。
「気持ちのいい夜だね」
別れ話を今からするにしては、何だが親しみのある空気の漂う夜が始まったように見える。だけど実は、お互い、ある事件の真相を突き止めてやろうと心に決めている。白状させずには別れられない、とふたりとも心の内で思っている。腹の探り合いの始まりだ。そんな時、男はこんなことを言う。
「髪、伸びたね」
このふたりの、「今、実際にしゃべっていること」と「心の中で本当に思っていること」の違いが、この作品の読み応えのある部分だ。何気ない台詞の裏に、様々な感情が渦巻いている。
ただ、芝居の台本と違って、小説には心理描写がある。「心の中で本当に思っていること」が繊細に描かれている。
会話を進め、男女それぞれが記憶をたぐり寄せ、徐々にある事件の真相に近づいていく。と同時に、音、匂い、光などの感覚から別の記憶が蘇り、やがて別の真実まで見えてくる。最初は疑い合っていたふたりが、怯え、腹を立て、後悔し、……。心理的に変化していくとともに、ふたりの関係も変質していく。
最後の夜、ふたりはどれだけ「心の中で本当に思っていること」を伝え合えたのだろうか。
もうすぐ、朝を迎える。女が言う。
「あなた、誰かを愛したことがある?」
本当に思っていることは何だろうか。
わたしは思う。
「(難しい顔で)表現って楽しい!」