南沢奈央の読書日記
2020/12/11

カワウソは教わらないと泳げない

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撮影:南沢奈央

 心躍る差し入れの一つ。それは本だ。
 わたしの読書好きが知られるようになったのか、舞台をやっていると、観に来てくれた方から本をいただくことが増えてきた。
 先週までやっていた舞台の時にも、いろんな方が本の差し入れを持ってきてくれた。どんな思いでこの本を選んでくれたのだろうと想像し、家に帰ってその人の顔を思い浮かべながら本を開くのも楽しい。
 今回いただいた十数冊を見ると、ほとんどが新刊で読んだことのないものばかり。紀伊國屋書店の中にあるホールで公演をしていたのに、なかなか書店をゆっくり見て回る時間がなかったわたしにとっては、なんだかデリバリー本屋さんが来てくれたような気分だった。
 そして公演が終わり、最初に手に取ったのは、今年7月に出版されていた、稲垣栄洋さんの『生き物が大人になるまで 「成長」をめぐる生物学』という一冊。いただいた本の中で、唯一、ノーマークだった。
 とはいえ、家に帰って表紙を眺めていたら、ふと思い出した。この著者の本を持っている!
 積読本を見てみると案の定、稲垣さんが書かれた『生き物の死にざま』という本があった。これも以前、別の舞台の時に知り合いからいただいたものだった。
 本をもらうと、思いがけない出会いがあるものだ。
 普段あまり自分では手に取らない生物学の本だったが、早速最新刊の方をめくり、すぐに心を掴まれた。

『生き物が大人になるまで 「成長」をめぐる生物学』では、タイトルの通り、さまざまな生き物たちの成長にまつわる不思議が紹介されている。
 大人と子ども、それぞれの役割。子育ての意味。「ふつう」とはなにか。成長とは……。
 生き物たちの生態が、わたしたち人間にヒントを与えてくれる。読みながら、これは「子育て本」だと思った。いや、「自己啓発本」とも分類できそうだ。気が付くと最後には、妙に生命力が湧き上がっているのだ。
 一度に3億個もの卵を産むというマンボウの話には、泣けてしまった。
 水族館でもよく目にするマンボウだが、実はとてもとても奇跡のような存在だったのだ。3億個の卵から、無事に成長を遂げて大人になれるのは、なんとたったの2匹だけ。親が子育てをしない生き物だと、〈子どもが大人になるということはこんなにも過酷なこと〉なのかと思い知らされると同時に、自分を大事に育ててくれた両親に感謝の気持ちが湧いてくる。
 子育ての重要さを知る。カワウソはお母さんに教えてもらわないと泳げないということや、チーターは教わらないと草食動物の子と遊んでしまうという事実にも驚く。子どもが生きる術を得るためには親が必要。そして教える立場である〈親が適切な学習をしていなければ、子どもを育てることができない〉というところに立ち返ると、子どもが大人になるために、大人は存在しているのだと気づく。
 アベコベガエルの成長にも胸に響くものがあった。
 アベコベガエルと呼ばれるカエルは、オタマジャクシのときには25センチほどの大きさがあるのに、大人になってカエルになると、なんと6センチほどの大きさになってしまうのだという。
 大きくなることがイコール成長、とは必ずしも言い切れないのだ。もちろん、カエルになれば手足を手に入れる。だけど、〈大人になるということは、何かを獲得することばかりではありません。オタマジャクシの尻尾のように、大人になることで失うものもある〉という言葉に、考えさせられる。
「大人になること」や「成長」とは何か。
 大人になると、もう身長は伸びないし、新たに獲得できる能力も少ない。成長が目に見えづらくなるのは分かっていても、周りと比較をして劣っている自分を気にしたり、悔しいと思う。
 でも生物は、「成長する力」を持っている。それは大人になっても同じだ。成長は頑張ってするものではない、と最後にはイネの成長から励まされる本書は、自分にとっての親のような本になった。

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