南沢奈央の読書日記
2023/06/30

High&Low?

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プロレス会場ではテンションがHighに(撮影・南沢奈央)

「テンションが上がること、ある?」とよく聞かれる。
 普段からテンションが高めの人には聞かないだろうから、この質問はテンションが低い人限定のものだ。つまり、「テンションが上がること、ある?」はイコール、「テンション低いよね」。わたしはそう受け取っている。
 自分はテンションが低い人間なのだろうか。たしかにむかしから、同級生が騒いだりキャピキャピしたりしている輪を、外から見ている側だった。大きな声を出すこともあまりないし、生まれ持っての低音も相まって、落ち着いて見えるようだ。「わたしだって、テンション上がることありますよ!」と、無理やり一つテンションを上げて答えている時点で、テンション低い寄りの人間なのかもしれない。
 最近、あるテレビ番組で、「あなたは何オタクですか?」という街頭インタビューの企画を見た。もちろん放送で使われるということは答えられた人だけだろうが、それにしても出る人出る人、即答しているのに驚いた。アイドルオタク、パソコンパーツオタク、天童よしみオタク、相撲オタク、水面オタク、ハリーポッターオタク……。答えている人たちはみんなキラキラしていて、良い顔をしている。そして、テンションが上がっている。わたしがもし「あなたは何オタクですか?」と聞かれたら、答えられないだろうなぁと思った。
 でもわたしにだって、好きなことはたくさんある。読書や落語、プロレスなど、好きなことや趣味が多いのに、どうして「〇〇オタクです!」と堂々と語ることができないのだろう。どうしてこうも「テンション上がること、ある?」と聞かれるのだろう。他の人と比べてテンションが上がる瞬間が少ないのか、と考えてみたが、テンションは上がっている。
 そうか、わたしは、テンションを表出するのが苦手なのかもしれない。

 小説家・三浦しをんさんのエッセイを読んで、そんなことを考えている。なぜなら、こんなにテンションの高い文章を読んだのは初めてだったからだ。「テンション下がること、ある?」という質問をしたくなってしまうくらい。
 文章から溢れ出すテンションの高さ。熱量と勢いが凄い。とにかく「!」が多い。(改行&「!」の行が度々登場するが、それは強調したいからとかではなく、都合が悪くなったときに使う荒業であるということはネタ明かしもされている。)その波にのまれるようにして、一気に読んでしまった。
 雑誌「BAILA」での連載5年分をまとめた『のっけから失礼します』。「BAILA」というおしゃれな女性向けファッション誌のイメージとは良い意味で結びつかないような、親近感が湧く、そして元気が湧いてくるエッセイの数々。
 発見は、三浦しをんさんの興味の守備範囲の広さと深さ! 人生のなかで時間を費やしていること、第1位の「睡眠」の次に多いのが、「読書」というくらい、一日に6~8時間は本や漫画を読んでいるという。そこにネット配信にハマり、映画やアニメを見る時間が一日に2時間ほど加わったとか。
 それ以外にも、宝塚や歌舞伎を観劇に行かれたと思うと、NHKのドキュメンタリー番組を観ていたりして、どれに対しても熱く語られる。と思ったら、本書の第三章の読後に残るのがLDHになるくらい、映画『High&Low』シリーズにハマったことから始まり、三代目J Soul Brothersのコンサートに行って「生まれ変わったら三代目になりたい!」という感想、コンサートのDVDと原稿の執筆との戦いなど、何篇にもわたって綴られる。
 熱の発散がすごい。さまざまな面での三浦さんの熱量に触れると、こちらの胸まで熱くなってくる。周りを巻き込むようなエネルギーがあるのだ。

 三浦しをんさんの小説作品しか読んだことのなかったわたしが、今回どうしてエッセイを手に取ったかというと、“2019年に出ていた単行本が文庫化された”という情報を、たまたまインスタで知ったからだった。タイトルと表紙から、“面白そう”が溢れていた。今まで知らなかった自分を恥じたが、これは、文庫本で出会えてよかった! 文庫ならではのサービスが詰まっていたのだ。雑誌で読んだ読者も単行本で読んだ読者も、文庫本で再読することをおすすめしたい。
 まず単行本化の時点で、“追記”というものが加筆されていた。一篇の後に、“追記”として、現在はこうだとか、後日談的なものが記されている。そして文庫本では、さらに“文庫追記”というものが足されている。だから、同じトピックについて三つの時代の(といっても、そんなに年は経っていないが)文章が読める。3年分の同じ日の日記を1ページに記録する3年日記のように、味わい深いものがある。時代や価値観の変化(あるいは変化していないこと)を感じられて面白い。
 単行本化時に各章の終わりに加えられた「章末おまけ」、「あとがき」の後の「巻末おまけ」、そして今回加わった「文庫版あとがき」。盛り盛り、盛りだくさん!
 とにかく、三浦さんのもてなしの精神と熱量がぎゅっと詰まった一冊! これを読んで上がったわたしのテンション、みなさんにも伝わりますように!
 と、巻き返すように最後「!」を不自然に多く使うわたしは、やはりテンションを表出するのが苦手なようである。

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