南沢奈央の読書日記
2020/05/01

どう生きたいか、わたし

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撮影:南沢奈央

 ときどき考える。
 生まれ変われるとしたら、何になりたいだろう。
 一日の3分の2くらいを寝て過ごし、人にご飯を出してもらって、好きな時に遊ぶ。うちで猫たちの姿を見ていると、仕事が忙しい時なんかは、猫っていいなあ、と思う。プールに行った時には、すいすいと水中を泳げる魚になりたいと思うし、人込みを歩いている時には、広い空を飛べたら気持ち良いだろうなと鳥に憧れる。
 小学生の頃は、「生まれ変わったら、男の子になりたい? 女の子になりたい?」という話題がよく出ていた。
 わたしはそのたびに、「いろいろラクそうだから、男の子!」と即答したけど、周りには、生まれ変わっても女の子がいい、という女の子が多かった。かわいい服が着たいから、とか、お嫁さんになりたいから、という理由だ。わたしにはそういう願望はあまりなかった。
 だけど生まれ変わったときにも、そういう友達のみんなと仲良くしたいから、やっぱり女の子がいいと思った。
 何になりたいかと考えると、結果的に、何をしたいかを考えている。

「これをしたい」という願望が強かったがゆえに、本当に生まれ変わることが叶った物語を描いたのが、今村夏子さんの新刊『木になった亜沙』だ。
 収録されている3篇はすべて、主人公が「転生」する。
 表題作は、“誰かに食べさせたい”という思いで、木になる。「的になった七未」は“誰かに当ててほしい”から、的になる。「ある夜の思い出」は、“ずっとゴロゴロしていたい”と過ごしていたら、一夜だけある動物になる。
 今村夏子ファンとしては、一味ちがうぞ、と思った。
 今村さんの物語で描かれる日常は、いわゆる普通とは少しズレたものが多い。だが決してズレているものとして描かれない。だからこそ読者の胸を支配していく、奇妙な、もやもやした感覚。これがクセになって抜け出せなくなるのだ。
 今回も、描かれている世界観は一貫しているが、受ける印象がちがった。
 もやもやよりも、すぅーっと受け入れていく感じ。どこか、童話や民話を読んだときに近い感触だった。現実世界の中にある、神聖な奇跡を見せられたような。不思議で幻想的なことも、世界のどこかでは起きているのかもしれないと思わされる。

 木になった亜沙の“誰かに食べさせたい”願望は、小さい頃からの経験の積み重ねがきっかけになっている。給食当番で自分が配膳したものは断られたり、家で作ったお菓子や料理は手を付けられないで残ったり、金魚にエサをあげても一匹も浮上してこなかったり、人がおかずを取り合っているのを見て自分の分をあげようとすると「いらない」と言われたり、いつだって、自分の手から食べてもらえないのだ。
 同様に、的になった七未も、園長先生の投げるどんぐり、先生の投げるドッジボール、老人の投げる空き缶、周りの子には当たるのに、自分にだけ何も当たらない。大人からの攻撃を受けた子どもたちは、どこか守られた場所に行き、ご褒美をもらっている。七未は、痛みも、痛みの先も知らない。当ててもらって、その先の世界を見たい、と思うようになる。
 自分だけが他の人とちがう。自分にはないもの。それに気付くところから、「これをしたい」という願望は生まれる。ちがうことに焦り、同じようになりたいと思う。だがどうやっても、はじき出されてしまう。
 みんなと同じになって、自分の存在を認めてもらいたい。
 そうやって苦しむ人を救うのは、“救おうとしくれる存在”ではなく、“必要としてくれる存在”なのだと感じた。
「ある夜の思い出」だけは、少し毛色がちがう。今の状況に、苦しんでいる様子はない。ただ純粋に、“ずっとゴロゴロしていたい”という思いが強いことで、不思議な体験をすることになる。
 中学を卒業してから15年、働かず畳に寝そべっているだけの生活をしていた〈わたし〉は、ある夜、いつものように父親の説教が始まり、「出ていけ! 二度と帰ってくるな!」と言われ、勢いで家を飛び出す。街を彷徨っているときに、一人の男と出会う。彼はそのまま、家に連れていってくれて、お母さんと弟に紹介され、さらにプロポーズまでされる。「きみしかいない」と結婚を決め、父親に報告しに家に帰ろうとして――。
 帰りを約束した運命の人は、今どうしているのだろう。10年後の〈わたし〉が振りかえる。
 
 3篇それぞれ、主人公が願望を成就させたときの結末は、見かたによって、ぜんぜんちがうものが浮かび上がってくる。
 幸か、不幸か。もしかしたら、本人のみぞ知ることなのかもしれない。
 ただ、これだけは教えてもらった。
 主人公たちのように、「これをしたい」、だから「こうなりたい」という確固たる思いがあったら、人は生まれ変われるのかもしれない。
 ときどき考えてみよう。
 生まれ変われるとしたら、どう生きたいのだろう。

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