南沢奈央の読書日記
2018/09/07

93歳の“戦う女”

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撮影:南沢奈央

 ごみ置き場で本を拾った。
 資源ごみの棚に1冊の本がただポツンと置かれていた。ちょうど収集されたばかりだったのか他にごみはなく、妙に目立っていた。わたしはごく自然に、手に取っていた。捨てられているというより、書店にディスプレイされているかのような堂々たるオーラを感じたのは、目に入った帯の影響もあるだろうか。
 〈強く生きるコツ? いやあ、私のように生きるのは、止めた方がいいんですよ。〉
 本が喋り出した、気がした。その言葉の横で、豪快かつチャーミングに笑う佐藤愛子さんと目が合った瞬間、もう持ち帰らずにはいられなくなった。

 お恥ずかしながら、実は佐藤愛子さんの本を読んだことがなかった。近作『九十歳。何がめでたい』の反響は周りから伝わってきていたが、わたしが拾った新書も、タイトルから想像が膨らむ。
 『それでもこの世は悪くなかった』。
“93歳、初の語り下ろし人生論”と謳われているが、「はじめに」でも「私の書くものを読んでなぜ元気になるんでしょうか。元気になろうとか、強く生きよ、なんて一度も書いたことがないし、人にも言ったことがない」とあるくらいで、上からの物言いが一切ない。そういった風通しの良さの半面、幼少期から最近に至るまでの様々な珍エピソードを知ると、“戦う女”佐藤さんの頑固さと信念の強さは次元がちがう。

 ある日、佐藤さんが北海道の山の中腹にある別荘でひとりで過ごしていたときのことだ。窓の向こうからボロをまとって背中を丸めた人が近付いてきた。よく見ると、手には出刃包丁――。
 さてみなさんは、どういう行動をとるだろうか。わたしだったら、見つからないように身を潜めるか、もしくは、逃げるかだ。電波が通じるのであれば、すぐに通報することを考えるかもしれない。
 はたして“戦う女”は何をしたか。
 まず、「よし戦うぞ!」と気合を入れ、戦闘態勢に。すぐさま、部屋の窓のカギを全部閉めた。侵入した敵を逃がさないために……! そして、鍋ややかんで沸かせるだけのお湯を沸かしたのだ。熱湯を敵の頭からかけるという、歴史から学んだ攻撃方法を実践するべく……!
 ここまで瞬時に対策した結果、出刃包丁を持った人は敵でもなんでもなく、近所に野生のフキを採りに来ただけのおばあさんだったと気づくのだが。とにかく佐藤さんの頭の中には、自分が逃げる考えはなく、敵を逃がさないことが第一にあるのだ。これは、「私のように生きたらロクなことにならないという象徴的な話」として語られている。
 だが、この逃げない姿勢と真っ向勝負な逞しさが、佐藤さんらしい信念で、読者が元気をもらい、憧れを抱く所以なのだと思った。
 
 有無を言わせぬ説得力のある佐藤さんの言葉の数々に、痺れる。
「幸福を知るには苦労があってこそなんだというのは、苦労から逃げた人にはわからない真理だと思います。」
 わたしはごみ置き場で、鎧を拾った。自分の武器は何だろう。よし、戦いながら、見つけていくしかない。

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