南沢奈央の読書日記
2020/11/20

劇場のチカラ

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撮影:南沢奈央

 わたしは劇場にいる。
 今年はコロナの影響で、予定していた2本の舞台が流れてしまった。ひとつは稽古も宣伝も始まらないうちに延期が決まった。ひとつは稽古も大詰めまでいき、いよいよ劇場での稽古に入ろうというところで、ストップした。
 後日、セットが完全に建てこまれた劇場に行ったとき、いろいろな思いが湧きあがった。ここに立つことが叶わなかった切なさ、セットから感じる侘しさ、行き場のない虚しさ、作ってきたものを表現できないやる瀬無さ。
 悲しかった。涙がこみ上げた。だけど同時に、興奮したのだった。
 わたしはやっぱり、劇場という空間が好きだ。そう強く思ったのだ。
 そしてわたしは今、劇場にいる。舞台に立っている。そのこと自体が奇跡のようで、大きな幸せを感じている。
 一方で、えも言われぬ不安がある。きっと大千秋楽まで抱え続けるものだろう。もちろん万全の対策をしているけれど、2週間ごとに行うPCR検査では、毎回、ただならぬ緊張を味わう。誰かひとりでも何かあれば、公演は終わる。どうにか、大千秋楽までみんなで駆け抜けたい。
 だけど舞台に立っていると、そんな不安は忘れる。お芝居に没頭して、全力で楽しんでいる。コロナ禍で、今まではなかったような演劇に対する思いは生まれているが、結局、舞台に立っているわたしは、何も変わらないのだということにも気がついた。

「ここは、みんなの安らぎの場なのさ」
 幽霊たちの言葉に、思わず頷いた。
 舞台稽古や本番でいっぱいいっぱいだったわたしは、久しぶりに読書を再開して、イギリスの児童文学作家ジェラルディン・マコックランの『ロイヤルシアターの幽霊たち』を読んだ。
 本番前や公演の昼夜間に楽屋でこの本を開くと、不思議な気分だ。まるで、この紀伊國屋ホールにもたくさんの幽霊が住んでいるのではないかと思えてくる。でもそれが不気味に感じられるのではなく、「安らぎの場」として選んできてくれているのだとしたら、うれしいな、と少し微笑んでしまう。幽霊が大の苦手なこのわたしが、です。
 本書に登場するのは、イギリスのシーショーという海辺の町にあるロイヤルシアターという劇場。数年前に閉鎖され、300年前の建物はすっかり廃れてしまって、カビだらけ。そこに住み着いている、さまざまな時代の個性豊かな幽霊たちと、一人の少女の物語である。
 劇場を再生させるために両親とともにやってきた少女・グレイシーは、なぜか幽霊たちのことが見えて、会話もできる。これまで人間からは姿を見られたことがなかった幽霊たちはびっくりして、警戒心をあらわにする。幽霊を見た少女は堂々としていて、少女を見た幽霊たちがあたふたとしている、という逆転現象が面白いところだ。こういったユーモアがたっぷり盛り込まれているからこそ、幽霊たちがとても愛すべき存在になってくる。
 少女は幽霊たちに言う。
「自分の物語を話せばいいのよ」
 どの幽霊も初めは、自分の悲しい過去と向き合うことを恐れ、だれも語りたがらなかった。シーショーという町の変化も受け入れたくなくて、劇場の外へ出ることも拒む。
 だが、グレイシーのまっすぐに投げかけられる疑問や質問によって、徐々に心が解きほぐされていく。
 そうして、幽霊たち―俳優、歌姫、図書館の司書、芸人、巡査、舞台技術師、画家など―のそれぞれの時代のそれぞれの過去が明らかになり、同時にシーショーという町の歴史が語られていくことになる。そして、グレイシーと幽霊たちは、どうにか劇場を守ろうと奮闘するのだ――。

 今まさに、劇場という場所でお芝居をしているからだろうか、劇場の“存在の意義”というのを考えさせられる。
「われわれはこの場所にきたとき、苦しみや悲しみを忘れたのです! 生まれや身分のちがいも、将来への不安も、過去の失敗も忘れることにしたのです! われわれは、楽しむことで結ばれています」
 劇場に居続けて、外へ出ようとしない幽霊たちの主張だ。
 たしかにその通り。劇場という場所はそういう存在なのだと思う。現実から離れ、日常を忘れて、別の物語へと入る。そこではただ、楽しめばいいのだ。
 でも、現実から離れることと、現実から目を背けることはちがう。
 この物語の幽霊たちははじめ、後者だったのだと思う。
 もっと言えば、自分が客席で舞台を観ているときや本を読んでいるときもそうだが、物語の中にいるときに、現実から離れているつもりでいても、実は離れ切れていないことも多い。現実と物語が、細い糸でつながっているのだ。どこかで自分や身の回りの環境と結び付けて見て、心動かされているのだ。
 わたしは今、舞台を観てくれたお客さんが劇場の外へ出たときに、外の現実にげんなりするのではなく、外を力強く歩けるように、エネルギーを与えられたらいいなと思う。
 だからこそ今、劇場の扉が開け放たれるべきなのだ。

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舞台「ハルシオン・デイズ2020」の東京公演は2020年10月31日(土)から11月23日(月・祝)まで紀伊國屋ホールにて、大阪公演は12月5日(土)と6日(日)にサンケイホールブリーゼにて。
http://www.thirdstage.com/knet/halcyondays2020/
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