南沢奈央の読書日記
2017/11/24

本×好き=!

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撮影:南沢奈央

 実はここ二か月ほど、本を読む時間が無かった。というより、本を読む為だけの時間が無かった、という表現が正しいだろうか。有難いことにドラマなどの仕事が続いていて、家に帰れば台詞を覚えねばならないので、本が読めるのは移動中の車内くらいだった。10代の頃から腰痛持ちのわたしにとっては、長時間の移動というのは憂鬱でしかないのだが、今回ばかりは、遠方でのロケが多いことに感謝した。さらに10代の頃から鍛え上げられた車酔いしない体質によって、車読書が成立したのだった。
 今週、茨城、千葉、山梨……関東のさまざまな場所への移動を共にしたのが、三浦しをんさんの『月魚』。はて、何度も車で本を開いたけれど、仕事前の移動中に読めるような代物ではなかった。いつ途中で止めてもいいように、適度な距離を取りながら読もうとしても、ぐいぐいと物語の世界に深く誘い込まれてしまう。
 移動する為の時間に本を読むのではなくて、本を読む為の時間に、この本を読みたい。ちょうど撮影もひと段落つき、わたしはひさびさに、お気に入りのカフェに読書をしに行った。台本もスマホも持たずに、『月魚』だけを持って。移動中に読み進めていた分もリセットして、もう一度冒頭からどっぷりと読み返した。そして一気に読み終えた時、とても幸せな気分だった。ああ、本が好きだなぁと思った。

 本田真志喜と瀬名垣太一。古書店の青年ふたりが主人公である。小さい頃から本に囲まれて育ってきた幼馴染だが、見た目も性格も似ても似つかないふたりだ。真志喜は、色白の肌に切れ長の目、華奢な身体で和服を着こなす、中性的な人物。一方、真志喜に「お年寄りの原宿で好みの服が見つかる二十代」と言われる瀬名垣は、型にはまらない豪快さを持っている男だ。古書の世界ではまだまだ若造たちだが、本を査定する目は確かで、才能も持ち合わせている。
 本を愛するこのふたりの人間性が魅力的なのはもちろんなのだが、関係性がミステリアスで、とても魅惑的なのである。瀬名垣が猫毛の真志喜の髪をなでると、耳朶を赤らめる真志喜。友達にしては仲が良すぎる。徐々に見えてくる、罪悪感がふたりを引き寄せているという事実。なのにお互いに抱く罪の意識によって、なかなか向き合えないでいるふたり。過去に何があったのか。どんな絆で結ばれているのか。それが、ひとつの古書引き取りの依頼を通して、明らかになっていく。そして、最後に色んな意味で向き合うことが出来たふたりがとても愛おしく、美しく描かれている。

 他にもうひとつ、読者を物語に引き込む力に、“古書店”という舞台が作用しているような気がする。わたしも以前、しょっちゅう足を運んでいた時期があった。今から十年前、諸星大二郎先生の漫画原作のドラマ「栞と紙魚子の怪奇事件簿」(ちなみにこれも、本屋の娘二人が主人公!)の撮影の、メインのロケ場所のひとつだったのが、八王子のある古書店だった。
 長年使われてきたことが一目で分かるような番台が奥にあり、所狭しと置かれている色あせた古書からは、独特の匂いが漂っていた。わたしが古書店に入ったのは、生まれて初めてだった。入り口を通ると、タイムスリップというか、ワープというか、異世界に来たような気分だったのを覚えている。古書店には、日常とは別の時間や空気が流れているように感じたのだった。本書は、瀬名垣が、真志喜のいる「古書無窮堂」に向かうところから始まる。それによって、読者も自然と、古書店に流れるような独特の時間の中に入り込んでいけるのである。

 日常とは少しずれた場所に存在する、愛情深いふたりの青年たちに、改めて本に関する“好き”という気持ちを思い出させてもらった。本を読むことが好きだし、好きな本を誰かに教えることも好き。本を好きだという人のことも好き。
 だから、この読書日記を書くことも、読んでくれるあなたのことも、大好きだ。

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