南沢奈央の読書日記
2019/06/28

麦茶とねこ

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撮影:南沢奈央

 透明のグラスに氷の鳴る音が心地よい。夏が来たのだとはっきりと実感した。持つと手が濡れてしまうほどに汗のかいたグラスに入っているのは麦茶だ。一口飲んで懐かしさを味わった。
 先日、車を1時間半ほど走らせて姉の新居へお邪魔した。梅雨だというのにこれ以上ないほどのドライブ日和で、喜々として向かった、はいいものの、日差しが強く、サングラスをしていても前の車に反射する日光に目を細めてしまうほど。
 昼食と近況報告を済ませ、近所に大きなホームセンターがあるというので、姉に案内してもらった。今年もベランダ菜園をしたいと思いながら、まだゴーヤしか植えていなかったので、他の野菜の苗が欲しかったのだ。そういったガーデニング用品などは、屋外に並べてあり、またしても強い日差しに目を細めながら見て回った。オクラや枝豆、青シソ、ハーブ系なども捨てがたかったが、結局、王道夏野菜、ナスとキュウリとトマトの苗を購入し、姉の家に向かった。
 冷房の効いた家に到着してホッとしたところで出してくれたのが、麦茶だった。
 実家にも麦茶が常備してあった。小さい頃は麦茶しか飲んだことがないから、茶色の飲み物はすべて麦茶だと思っていた。友達の家でアイスティーを飲んで、甘い麦茶だなぁと思ったこともあった。
「なんか、懐かしいよね」
 姉も、わたしと同じように感じていたようだった。
 味覚で季節を感じ、何かを思い出すというのは素敵なことだ。そんなことを思えるようになったのは、いつからだろう。いつしかすっかり大人になっていたのだなぁ。嫁いだ姉の顔を眺めるとまた感慨深い。

 とは言え、『トラとミケ』の姉妹には敵わない。トラさんとミケさんは、名古屋の老舗小料理屋で何十年も切り盛りしているおばあちゃんねこの姉妹。
 四季折々、全12話で描かれる“季節の味わい方”が本当に良い。
 庭に実った甘夏を砂糖漬けにして、寒天ゼリーを作ったり、梅干しを作ったときの残った梅汁で紅生姜を作って振る舞ったり、自分の好物である黒豆だけは年末にしっかり拵えたり、お正月にはコタツでただひたすらお餅を食べたり。
 食べながら、毎年姉妹で甘夏を収穫したことや、仕事を辞める時に先輩に紅生姜のかき揚げを食べさせてもらったこと、黒豆の作り方を母親から教わったこと、お正月にはどう家族で過ごしていたかが思い出される。
「不思議なもんやわ ついさっきのこと忘れてまうのに 何十年も昔のことは覚えとるだで」
 名古屋弁でほのぼのと懐かしむ姿に、ほっこりせずにはいられない。
 季節を感じると、日常が彩り豊かになる。フルカラーで収録されているからこそ、ねこまきさんの繊細で緻密なタッチの絵と柔らかい色合いで、豊かさに奥行きを感じることができる。

 麦茶を飲んでいると、姉の家のうーちゃん(本名・右京)とまるちゃん(本名・きなこ)がやってきた。
 そもそも姉の家に遊びに来たのは姉に会うためでもあるけど、ねこちゃんたちに会いたかったのが大きな目的だということは、わたしがその日着ていったTシャツが猫柄であることからも、姉にはお見通しだったことだろう。
 ところが初めはかなり警戒され一定の距離を置かれていて、触らせてもくれず、正直へこんだ。以前両親が姉の家に来たとき、ほとんどねこたちの姿さえ見えなかったと言っていたことを思い出して、半分諦めかけたとき、姉がねこのおやつを持ってきてくれた。これがあれば大丈夫、と渡され、封を切ると、確かに“ふたり”が来てくれたのだった。
 そしておやつタイムが終わると、麦茶を飲みながらソファーで寛ぐわたしの周りで、うーちゃんとまるちゃんも一緒に寛ぎはじめた。毛はとてもふわふわだった。
 麦茶の思い出に、新たな“ふたり”が加わった。

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