南沢奈央の読書日記
2017/06/02

椅子と結婚と私

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撮影:南沢奈央

 出版されてから約二か月、ずっと気になる存在だった。
 どこかの広告でタイトルを見て、結婚した同級生のことを思い出したのが最初だ。その直後にインスタグラムで勧めてもらって、すぐに本屋さんに買いに行ったのだけれど、欲しい本が沢山になってしまったので“また今度”とお別れしてきたのだった。その後も本屋さんを覗くたびに、その美しい表紙が目に入って、“必ず買いに来ます”と誓っていた。
 そして先週、友人が“買ったけど、忙しくてしばらく読めないから先に読んでいいよ”と渡してくれた本が、まさにそれだった。窪美澄さんの「やめるときも、すこやかなるときも」。まさか、本の方からわたしの元に来てくれるとは。“きっと今が読むべきタイミングなのかもしれない”と勝手に運命を感じ、すぐにページを開いた。

 物語は、男が見知らぬ女の隣で目覚めるベッドの中から始まる。この男女が主人公のふたりである。大切な人を亡くしたショックで、毎年ある時期になると声が出なくなってしまう家具職人・壱晴と、家庭で事情を抱え、恋愛の仕方が分からず32歳まで処女のままの桜子。不器用なふたりが出会って、自分の居場所を見つけていく、その過程が、何だか自分に合う椅子を探しているようだった。
 やはり、運命だと確信した。わたしも最近、長く使っていけそうな椅子を一脚買おうと、家具屋さんで自分の体形に合うものを調べ、ネットや雑誌で自分好みのデザインを探していたところだった。
 読み進めながら、わたしの椅子探しは加速した。出来れば壱晴が作っているような木の温かみの感じられる椅子が良い。木製の椅子と言えば、学校の教室を思い出す。だけどあれは座面も背の部分も木で硬く、直角の姿勢になり、“ちゃんと勉強しなさい”と言われているような、緊張する椅子だった。古いものになると端から棘が飛び出していて、よくスカートが引っかかったものだ。家では使いたくない。
 もっと木に丸みがあって、休みたいときに座りたくなるような、体にフィットするものが良い。だけどフィットを超えて沈み込むくらいのソファとなると、立ち上がるのが億劫になってしまう。安らげて、でもそれだけじゃなくて、よし仕事へ行くぞと立ち上がりやすいもの。
 今回調べていて驚いたのが、値段だ。職人さんの椅子を買おうとすると、わたしが普段使っているようなものより、桁が2つ違うのだ。「一生使うものを選ぶというのは勇気が必要ですね」と言う桜子に共感する。
 椅子は一生ものだ。置いておいてもインテリアにもなるし、木だと湿度を吸ったり吐いたり、部屋を快適に保ってもくれるらしい。そして色も変化していく。椅子は生きているのである。
 椅子を探すということ。結婚相手を探すことにも似ているのかも、と思った。結婚していないわたしが言うのも説得力がないけれど、桜子も同じことを考えていたに違いない。物語の中では壱晴が桜子の為に椅子を一から作っていく。その椅子が最後どのような形に完成するのか。それがふたりの関係性の答えでもある。

 実は、今こうして読書日記を書いている間にわたしの椅子探しも終えた。一目惚れだった。北海道の職人さんが作った、木の直線がシンプルで美しいフレームの椅子だ。背もたれの部分と座面には布が張られていて、座ると優しく包み込んでくれる。木材は、なめらかな木肌のウォールナットだ。経年変化で徐々に落ち着いた色へ変化していくという。
 この椅子は今月のわたしの誕生日プレゼントとして、父が買ってくれることになった。何だか嫁に出るようで、ひとり涙が出そうになった。これから長い付き合いになっていくことだろう。病めるときも健やかなるときも、その命ある限り、真心を尽くすことを誓います。

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