南沢奈央の読書日記
2017/04/21

朝ごはん革命

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撮影:南沢奈央

 3食の中で、朝ごはんが一番好きだ。
 わたしはまず朝起きてトイレに行ったら、寝ぼけ眼のまま食卓につき、ご飯一膳と卵焼き、おかず何品かと、味噌汁を食す。和食派だ。前の晩から楽しみにしていたわりにはたいがい定番メニューだが、そこで初めて、よし今日も一日がんばろう!と思えるのだった。昼食や夕食だったら我慢することはできても、朝食を抜くのは辛い。
 朝ごはんぬきなんて考えられない。本屋さんでこの本と出会った時にまずそれを思った。「朝ごはんぬき?」というタイトルの問いかけと、好きな作家の一人である西加奈子さんの帯の称賛コメントに惹かれて、購入したのが昨年2月ころ。今では繰り返し読む大好きな一冊となっている。今再び読みたくなったきっかけは、先週田山花袋「蒲団」で恋に溺れる作家・竹中時雄を見たことだ。そして、似ているなとふと思い出したのが、「朝ごはんぬき?」に登場する秋本えりか先生だった。

 秋本えりか先生は時雄と一緒にしたら、さぞお怒りになるだろう。時雄のように恋に溺れて仕事が手につかないなんてことはない。“若き日のアラン・ドロン”とゾッコンの担当編集者・ノボちゃんが原稿を取りに来れば、慌てて最高におめかし(本人はそのつもりだが、周りから見るとまるで女奇術師のような恰好)して、原稿も書かずに晩ごはんに誘っちゃうようなことはある。けれど後でしっかりノボちゃんの為に一心に書いている姿も見受けられる。また、普段は先生が無関心である旦那さんが黙って出掛けるようなことがあると、あらぬ想像を掻き立てて、怒り狂う。拗ねる。派手で破天荒だが、結局家族が大好きな可愛らしい女性なのである。好きな人に翻弄されているという点で、時雄を見てえりか先生を思い出したのだろうか。
 この作品は、そんなえりか先生のお手伝い兼秘書である明田マリ子の目線で描かれている。“失恋後遺症”を患った“ハイミス”マリ子さんと出会って、わたしは「ハイミス」という言葉を初めて知った。調べてみると、“婚期を過ぎた未婚女性”だとか“年のいった未婚の女性”とか出てくるけれど、マリ子さんがまだ31歳だということを知ると、その年ならまだ大丈夫!と励ましたくなる。この作品が書かれた約40年前と比べるとその辺りの認識は大きく変わったようだが、共感できる部分も多々あり、このマリ子さんは、早くわたしも30代になって役で演じてみたい!と思う人物である。

 嬉々としてノボちゃんと出掛けるえりか先生を見て、マリ子さんが自分の生活の飽き足らなさに気付く瞬間がある。
 「一人でチョコボールをたべながら寝床にもぐって本を読んだり、寝しなにココアを飲み、テレビを見る、という生活を、平和で充足している、と思っていたが、平和ではあっても、幸福というものではなかったのだ。」
 この一文が、大好きだ。マリ子さんと是非会って語らいたいと思うくらい、気持ちが分かるのだ。(実際わたしも、冬には寝しなにココアを飲み読書をしている。)
 毎日同じ習慣、生活、日常。いつも通りの、何も変わらない時間。平和である。平和は心地良い。けれど、長年付き合っていた相手が別の人と結婚することになったという告白だったり、隣家の火事だったり、突然きた元カレからの電話だったり、偶然の再会だったり、平和をぶち壊すものが現れない限り、漂っている幸福には気付けないのである。
 そう思うと、マリ子さんのハプニングは充分に人生のアクセントになっている。朝ごはんしっかり派だったマリ子さんが、食べない派のえりか先生たちに囲まれて暮らしているうちにいつの間にか朝ごはん抜きになってしまっていた。だけど最後に起きる最大のハプニングによって、きっとまたマリ子さんは朝ごはんをしっかり食べるようになるだろう。今までとは違うメニューを作り、その美味しさを誰かと一緒に分かち合っていくのだろう。最後のマリ子さんの問いかけの先に想いを馳せるのである。「朝ごはんぬき?」

 もちろんわたしは、明日もしっかり朝ごはんを食べる。
 けれど、何にしよう。大好きなご飯・卵焼き・味噌汁セットを、パン・目玉焼き・コーンスープに変えてみたら、どんな一日が待っているだろう。ああ、明日の朝ごはん、どうしよう。

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