南沢奈央の読書日記
2018/04/06

眠る私に春の花束を

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撮影:南沢奈央

 この春、6年間務めたレギュラー番組を卒業した。
 学校に通っていたわけでも、アイドルグループみたいにどこかに所属していたわけでもないけれど、“卒業”という言葉以外に表現の仕様がない。
 これまでだって、レギュラーでやらせていただいていたドラマやラジオ、バラエティーはある。スタッフさんや共演者と「お疲れ様でした」と労い合い、一緒に終わりを迎えてきた。でもその時、“卒業”とは言わなかった。今回何が違ったかというと、番組自体は終わらない、ということだ。
 わたしは初めて、送別会で見送られる側を経験した。そこはいつもの打ち上げのような、「お疲れ様でした」と言い合う場ではなかった。「お疲れ様でした」と言われるのは自分で、わたしは「ありがとうございました」と返しながら、終わりを噛みしめていった。

 少しばかりセンチメンタルな気分になっていたわたしに、彩瀬まるさんの『桜の下で待っている』は、あたたかな春の到来を気付かせてくれた。4月におセンチになっている人が、まさに読むべき一冊だ。
 出会いも別れも訪れる季節だからこそ、家族や仕事、生活に得体の知れない不安を抱えている人は多いだろう。向かっている場所は合っているか。自分の居場所はどこか。確かめて、安心したい。この物語の登場人物たちも同様だ。
 桜前線北上中の4月、東北新幹線に乗って、それぞれの“ふるさと”へ向かう男女5人の物語が短編で紡がれていく。「モッコウバラのワンピース」「からたち香る」「菜の花の家」「ハクモクレンが砕けるとき」「桜の下で待っている」、短編タイトルすべてに花の名前が入っているように、訪れる場所で花から季節を感じ、誰かの想いを知る。やがて、今居る場所をどう思っているのか、どこへ向かいたいのか、それぞれが気付いていくのだ。
 それが分からないから不安なのだと、焦る必要はない。
 どこかへ進まなくてもいい。元の場所へ帰ることも大事な一歩である。そんなやさしい気付きも与えてくれる。表題作の主人公、新幹線車内販売員をしているさくらならではの目線が、印象的だ。予定を持ってどこかへ向かう人の乗っている新幹線よりも、一日を終えて帰るだけの人の乗っている新幹線の方が好きだと言う。新幹線で帰ってくる人たちが一日のエネルギーを使い果たし、ぐっすり寝ている顔が、「割とまんざらでもないって感じ」らしい。

 番組卒業の日に花束を渡されて帰ったわたしも、たぶんそんな寝顔で熟睡していたと思う。そんな自分に「お疲れ様でした」と共に、「卒業おめでとう」と声を掛けてみる。
 終わりを祝福したら、新しい季節がはじまった。

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