南沢奈央の読書日記
2023/12/29

こたつでウール100%

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撮影:南沢奈央

 冷たい風にさらされて赤くなった鼻をあたためるように、マグカップに顔を近づけて湯気を浴びる。ホットレモンのほんのり甘い香りに肩の力が抜けて、顔全体には体温と潤いが戻り、解凍されるとはこういうことかと思う。一口含むと、ビタミンがわたしに「一日がんばったね」と声を掛けてくれるようである。そして今日もこたつで本を開く。
 ――デジャブ。はて、前回とほぼ同じ書き出しである。前回と違うのは、鼻が赤い理由とレモンドリンクのアルコールの有無だけだろうか。またもや、こたつからの読書日記である。
 最近、外は寒いし、仕事がそんなに忙しくないしで、家で過ごす時間が長い。家となると、この時期、わたしの拠点はこたつとなる。こたつが大好きなのである。ということで、こたつの話題しか出てこないのをどうかご理解いただきたい。
 ただ言っておきたいのは、こたつで読む本が何でもいいわけではないのだ。「こたつ本」でなければならない。「こたつ本」は、こたつのような本。ぬくぬくとゆったりできる、あたたかい気持ちになれるものだ。背筋が伸びるような緊張感の漂うもの、ぞくっと鳥肌が立つようものは含まれない。だからこそしつこく毎度となっても、「こたつで読む」という描写をあえて使い、少しでも紹介する本の空気感が伝わればと思っている。

 今回のこたつ本は、漫画家・イラストレーターのフジモトマサルさんの『ウール100% 完全版』だ。フジモトマサルさんといえば、村上春樹さんを思い浮かべるのはわたしだけではないはず。村上春樹さんが期間限定で開いたサイト「村上さんのところ」や、ラジオ番組『村上RADIO』でイラストを担当されているのだ。
 その他にも、さまざまなところでフジモトさんのイラスト作品を拝見していたのだが、実はわたしは漫画作品を読んだことがなかった。だが最近たまたま、お世話になっている編集者の方から教えていただき、何気なしに開いたら、もう主人公ドリーさんの虜に。「待望の復刊」ということで話題となっているのも全力で頷ける。
 ドリーさんの一挙手一投足。それを表現している絵、言葉、空気感。すべてに胸がきゅんとしてしまった。そして読み終えて他の作品も読んでみたいと調べてみると、品切ればかり。復刊前の作品のレビュー欄では、「なかなか見つからないから図書館で読んだ」というコメントも複数見受けられた。あぁ今出会えて本当によかった。

 ドリーさんというのは、ひとり暮らしのひつじのOL。どんなタイプかというと、たとえば、朝起きて天気が良いからと思い立って、お弁当を持って公園に行き、幸せを感じるような素敵な女性。わたしもこたつから抜け出して、こういう休日を過ごしたいものだ。だがこの話の先の展開には、いかにもドリーさんらしさが表れている。その後すぐに、急にやかんの火を止めてなかった気がすると思い始め、幸せもつかの間、慌てて帰ることに。家に着くと、ちょうど雨も降ってきたし火も止まっていたし、結果よかったと思いながら布団に入る。だけど寝際に、水筒を公園に忘れてきたことを思い出す、というオチ。
 マイペースで心配性、ちょっと抜けてもいるけど、心やさしい。そんな愛すべきドリーさんの日常が描かれていくのだ。
 天気が良いから公園に行こうと思えるように、日常の中に、ちょっとした幸せやスパイスを見つけるのも上手なのがドリーさんの輝ける部分の一つ。仕事も順調で、いい友達もいる。だけど、ふとドリーさんも「たまには日常を破壊するような出来事が起こらないかしら?」と思う。そんなときに、いつも見ないようなジャンルの映画を観てみたり、自分を変えてみようと流行りの自己啓発本を手に取ってみたり、落ち込むことがあった日には明るい気持ちになるような詩を書いたり。ほんのちょっとした変化から、よろこびを見つけていく。
 ドリーさんは、何事も素直に受け止められる、そんなあたたかな器を持っている。それが、ふと孤独を感じてしまうわたしたちを柔らかく包み込んでくれるのだ。
 今胸にじわりと広がっているのは、おそらくわたしのこれからの人生に、一生寄り添ってくれるだろうという実感。この安心感はなかなか得難いものであろう。

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