南沢奈央の読書日記
2018/07/20

まるで、替わり目

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撮影:南沢奈央

 わたしが最も長く愛読している月刊誌は、東京かわら版である。
 正確にいつからかは覚えていないけれど、わたしが出させていただいた、平成22年10月号の巻頭インタビューページを見ると、既に、「寄席に行った時に買って、隅々まで読んでいます」と答えている。ちなみにその平成22年10月号は、永久保存ボックス(大切にしておきたい本や雑誌を保存しておく箱)の中の一番上に、仕舞ってある。
 はて、東京かわら版とは、なんぞやと思っているあなた。失礼しました。わたしにとっては生活の一部くらいに当たり前の存在になってしまっているので、どれくらいの知名度なのか分かりませんが、ここで念のため説明しておきます。
 東京かわら版とは、“日本で唯一の演芸専門誌”であり、落語や講談、浪曲などの情報が掲載されている。わたしは主に、その月の寄席の番組案内や、独演会の情報、そして落語家さんのインタビューをチェックしている。お目当ての落語家さんが、いつどこに出演するのか調べられるだけでなく、行ける日にちからも、その日にどこでどんな会が開かれているのかを見ることができるので、とても便利である。
 余談だが、巻頭ページのインタビューでわたしが「機会があれば落語をやってみたいですね」という発言をしたことがきっかけで、その4か月後、本当に高座に上がることになったのだった。それ以来、やりたいことは口に出して言うようになった。さまざまなことを学ばせてもらった、影響力のある東京かわら版。

 さて、その東京かわら版で、2012年から連載されている三遊亭兼好師匠のエッセイが書籍化された。『お二階へご案内~ 虎の巻、妻と上手に生きる方法』である。
 表紙には“落語”の文字が見当たらない。裏表紙を見ても、緑のジャージ姿の兼好さん。(“師匠”ではなく“さん”付けで呼びたくなる風貌なのです。)帯に“落語論”“演者仲間との交流”という言葉を見付けたと思ったら、つづくのは、「…にはふれることのない」。
 そう、ほぼ落語には触れていないから、読んでいて落語家・兼好師匠が書いていることを忘れてしまう瞬間がある。玄関に下駄や雪駄が並べてあることや、家で稽古をし終えた後に、娘から「ねェ、あれだね、その落語、噺自体はすごく面白いね」と言われたという話を読んで、そっか落語家さんだ、と思い出すほど。
 副題にある通り、ご家族、主に奥様とのエピソードが書かれている。尻に敷かれている感、それに抗いたい気持ち、実際には強く言えないのに文章ではけっこう辛口で奥様のことを書いているのが、可笑しく、可愛らしい。
 高座で拝見したり、直接お会いするたびに思うが、落語家さんは本当に毒の吐き方がうまい。この人が言うから許せちゃうんだよなぁ、がある。しかもけっこう辛辣なことを言っていても、笑えちゃう。奥様のことを「イヌワシのような風貌」で「ユキヒョウのような性格」、「織田信長の不機嫌な時の血を受け継ぐ女」と言い、さまざまな不満を書いていても、それがまったく愚痴や悪口に感じないのだ。むしろ、きっと相性の良い夫婦なのだろうなと羨ましく思えてくるし、兼好師匠なりの愛情表現なのかなとも思ってニヤニヤしてくる。
 読み終えた今、無性に兼好師匠の「替わり目」を聴いてみたくなった。どんな風に妻への思いの吐露を演じられるのだろう。とりあえず、いつどこで兼好師匠の落語が聴けるか、東京かわら版をチェック!

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南沢さんが出演する舞台「ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル」の東京公演は7月6日(金) ~ 22日(日)紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAにて、大阪公演は8月4日(土)サンケイホールブリーゼにて行われます。
http://www.parco-play.com/web/program/wbts/
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