南沢奈央の読書日記
2017/10/27

マイ・イグ・ノーベル賞

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撮影:南沢奈央

 “ネコは液体か?”“ワニを見るとギャンブルで浪費する”“年を取ると耳が大きくなる!?”“コーヒーがこぼれない持ち方がある”“吸血鬼はいるのか?”
 この間の日曜、わたしが出演するEテレ「サイエンスZERO」を見てくださった方、科学好きの方はピンと来たでしょうか。これらはすべて、今年のイグ・ノーベル賞を受賞した研究である。科学があまり詳しくない人でも分かるような、そして興味がそそられるキャッチーなテーマばかり。そもそもイグ・ノーベル賞とは、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して与えられる、ノーベル賞のパロディで、面白いのに埋もれている研究の業績を広め、称賛し、科学やテクノロジーへの関心を刺激するために始まったものだ。創設者の思惑通り、イグ・ノーベル賞特集の収録中、わたしはたくさん笑い、同時に考えさせられた。そして自然と言っていた。
 「科学って面白い!」

 ふと思い出した。約五年前にある漫画と出会った時に、これと同じ感覚を味わったことがある、と。笠辺哲さんの『フライングガール』だ。
 裏表紙に書かれたあらすじの言葉を借りるなら、“ちょっぴりカゲキな本格お気楽コメディ”。とにかく、登場人物たちがたくさん笑わせてくれる。主人公の山田君、そして仕事で見張りをすることになった天才科学者・トッド博士と助手の磯貝さん。
 山田君は27歳にして童貞、異常なほどお人よしのピュアボーイだ。博士の元に着いて早々、火を吹いている飛行機から降りてきた磯貝さんに一目惚れをする。その瞬間のキューン顔の山田君がまさに恋する乙女。この一コマが可愛すぎる。程なくしてトッド博士の発明品・ホレ薬を使って、思いもよらない形で童貞を卒業するのだけど、それは“ちょっぴりカゲキ”なのでここでは控えさせてもらいます。山田君の一途な恋心がどうなっていくかも、全二巻を通して見どころの一つだ。ラストで鮮やかに決着がつくので、わたしはいつも二巻を一気に読んで胸を熱くしている。
 山田君がそれだけ夢中になっている磯貝さんはというと、服に火がつきながらも笑顔で現れた姿がナイスバディで、たまらなく可愛い。そのうえ優しくて、チャーミングで、異常なほど研究熱心なのだ。思わず、わたしもキューンとなった。だがすぐに、磯貝さんはよくある漫画のヒロイン像とはかけ離れていると気付く。山羊に突進されて急所を痛めている山田君を見て、心配するでもなく興奮気味に博士の発明品・録痛機で痛みを記録し始める。そして男性の肉体感覚を知りたいと、自分の身体で再生して苦しんでいる。さらには、クセになったようでその後嬉しそうにもう一度再生しているのだから、研究熱心を超えて、変態だ。
 「他人の痛みを知るというのは大切なことじゃ」と磯貝さんを見て大笑いしているトッド博士もある意味変人だ。だけど台詞だけ見ると、何とも深いことを言っている。
 もう一つ、トッド博士の印象的な台詞がある。奇想天外な発明品をたくさん生み出している博士が唯一実現できなかったというタイムマシンの原理装置。それを磯貝さんが完成させ、わずかに時間を戻すことに成功した後、もっと江戸時代くらい過去にワープするのかと思っていたと少しだけ拍子抜けしていた山田君に掛けた言葉が、科学の本質を突いている。
 「発明というのはいきなりそんな高みに到達できるものではないぞ。むしろこういった一見地味な基礎研究が大半を占めるんじゃぞ」
 今すぐに役立つものではない、基礎研究の大切さ。昨年オートファジーの研究でノーベル医学生理学賞を受賞された大隅良則さんが、サイエンスZERO含めさまざまな場でおっしゃっていた。
 あらゆる発明品を生み出して、人を驚かせ、笑顔にし、考えさせるトッド博士、いや、『フライングガール』という漫画自体が、イグ・ノーベル賞を受賞してもおかしくない存在なのかもしれない。
 ちなみに先日、「サイエンスZERO」の公開収録で、“タイムマシンは実現するか”を専門家と観客の方と一緒に科学的に考えた。未来に行くよりも過去に行く方が難しいのだとか。タイムマシン、空想だけの話ではなく、もはや現実味を帯びてきているようだ……。気になった方は、11月5日日曜23時半から放送予定なので、要チェックです。そして見逃してしまった方。過去に戻るのは難しいけれど、翌週に再放送はあります。そう、イグ・ノーベル賞特集も、明日28日土曜昼12時半よりEテレで!

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