南沢奈央の読書日記
2017/05/19

猫パンチされたい

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撮影:南沢奈央

 猫が「にゃー」と鳴く。この行為は人に対してしかしないのだという。猫同士では「にゃー」とは言わない。先進国の猫はネズミ捕りのしごとで失業したので、人とのコミュニケーションに努力しているのだそうだ。出演しているEテレ『サイエンスZERO』で専門家の先生から教えていただいた。なんて愛おしいんだと、犬派だったわたしもグッときた。
 最近、早朝に「にゃーにゃー」という猫の声で目が覚めたことがあった。朝食の準備をしている間も鳴き声は止むことはなく、気になって窓から外を覗いてみるけれど、猫は見当たらず。どこかの塀に挟まって抜け出せなくなってしまったとか、家に帰れなくなってしまったとか、何だか助けを求めているような声色だった。どこにいるの?と問いかけても、「にゃーにゃー」。本当は何を語り掛けているの?

 猫丸先輩に対しても同じことを言いたくなった。といっても、猫ではない。倉知淳さんの「幻獣遁走曲」に登場する探偵の愛称である。わたしからすると、猫丸先輩は人間の形をした“猫”のように思える。神出鬼没、人懐っこい一面もあるけどどこかミステリアスで、つかみどころがない。
 副題に「猫丸先輩のアルバイト探偵ノート」とあるが、そのアルバイト先が気になって仕方ない。猫コンテストの警備、新薬の実験モニター、幻の珍獣の捜査隊員、ヒーローショーの悪役、松茸狩りツアーのガイド。そもそも何かありそうなところに猫丸先輩がいる。実際、珍事件が起きる。そして猫丸先輩が推理すると、丸く収まる。

 猫丸先輩の推理は、まるで猫パンチのようだ。相手を招き寄せるかのように前足を出して、足裏で攻撃。友人が飼い猫から一発お見舞いされているのを見たことがある。痛そうだから心配していると、「“遊びたい”と言っているんだよ」と教えてもらった。攻撃するときだけでなく、かまってほしいだとか、じゃれたいというときも猫パンチをするのだ。
 仔猫みたいな丸い目に人の悪そうな笑いを浮かべていたり、泣いていたかと思ったら急に高笑いし始めたり。惹き付けておいてから炸裂する猫パンチで、猫丸先輩は遊んでいる。事件が起きてあたふたしている周りの人物に対して、じゃれついているようである。
 ひょひょいとコトを収めてしまう猫丸先輩を見ていると、その目的は謎を解いて犯人を追及することではなく、謎を解いた後の周りの反応なのである。猫パンチによって、みんなが驚いていたり、安心していたり、動揺していたりする、その様子を楽しんでいるのだ。

 場に溶け込む能力も長けているし、周りを和ますような人柄。自分の事を語らない猫丸先輩は何者で、本当は何を考えているのか。読み終えると胸に謎が残るのだ。猫丸先輩、本当は何を語り掛けているの?
 猫丸先輩の爪痕が残り、疼く。それがどこか快感になっている自分もいる。そうか、これが猫パンチなのか。

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