南沢奈央の読書日記
2019/03/22

ロボットに掃除をしてもらっていたら、掃除をしたくなった

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撮影:南沢奈央

 最近、休みがあれば、車を運転して山へ向かう。稜線が広がる景色が目の前に現われると、東京から肩に乗せてきた荷が下りる感覚がある。ラジオをつける。または、落語のCDを流す。聴こえてくる声から想像を膨らませると、妙にリアルに、そして近い距離に感じられる。山では海外からの観光客に英語で話しかけられれば、単語とジェスチャーを総動員して必死に答える。英語の実力の無さにへこみ、英語をちゃんと勉強し直そうと心に決める。帰宅して、床のホコリが気になって、掃除機をかける。ひと息つくと、一か月以上前に届いていた北海道の知り合いからの手紙が目に入る。便せんを用意して、ようやくペンを握る。北海道の大自然を思い浮かべて、また少し癒される。お腹が空いて、あんまり得意ではない料理をする。こちらは、まずまずの出来だった。

 車には、前を走る車に追走していく自動運転の機能もついているようだ。スマホに入っている英語の翻訳アプリの精度がかなり高いことも知っているし、北海道の知人にメールアドレスを聞けば返事にこんなに時間が掛からないことも、分かっている。独り暮らしを始めてからロボット掃除機をずっと使っていたが、最近掃除機を購入した。ロボットシェフが登場して家で母の味を再現してくれるといっても、実家に帰る時間を作るだろう。

 便利なものに、必ずしも惹かれなくなった。自然や文化だったり、時間と手間が掛かる方、機械に任せられるけど自分でやることに価値を見出すようになった。
 どうして、進化するテクノロジーに少しの抵抗を感じてしまうのか。どうして、進化に逆行する方向にあるものを求めるようになったのか。
 J-WAVE「TOPPAN FUTURISM」というラジオ番組のナビゲーターとしてテクノロジーや未来について毎週さまざまな角度から考えてきたが、実はその訳は、自分でも釈然としないままだった。社会の変化に追いつこうともがくたびに、溺れていく自分に不安を感じた。
 しかし今回、番組を一緒に担当している小川和也さんの新刊『未来のためのあたたかい思考法』のページをめくるたびに、靄が晴れていった。ロボットがいる生活、自動化、無人化していく社会、変わりゆくお金の価値観、溢れるモノや情報……。今までだったら、どこか非現実的で、他人事のように見ていた未来が、確かな感触として目の前に描けるようになった。

 まず、わたしに抵抗を感じさせる正体は、テクノロジーの冷たさだった。小川さんが指摘する通り、「合理性や効率に価値基準を置きがちで、人間をドライで冷たい思考」にさせ、「進化が高速すぎるために思考からゆとりを奪」っていく。スピード感に飲み込まれ、思考や感覚が鈍っていくという危機感を感じていたのだと思う。
“自立をしたい”と思って、二年前に独り暮らしを始めたわたしは、自分の部屋に自分で掃除機をかけたことがないことに気づいて、ハッとした。無性にロボットから自立したくなった。すぐに掃除機を買ってきて、家中を掃除すると、思った以上に時間が掛かったし、思った以上にホコリや髪の毛がたくさん落ちていて、げんなりした。一方で、こんなところにごみが溜まっているのかとか、失くしたと思っていたネックレスが出てきたとか、じんわり汗をかくほどの運動量なのかとか、汚れているから雑巾がけもしようとか……、さまざまな発見があった。部屋が綺麗になると、達成感と充実を味わった。
 テクノロジーの進歩によって、こういう「実感」が失われていくのが怖いのだ。それはきっと、これから急速に変化していく中で必要だと小川さんが見出した、「あたたかさ」のひとつなのかもしれない。

 だが、わたしはロボット掃除機を捨てないし、お世話になっていくだろう。テクノロジーにゆとりを奪われていく、というマイナスイメージだけが先行して、テクノロジーはまたゆとりを与えてくれる、ということを自分の中で想像できていなかった。
 ロボットに掃除してもらうことによって「時間」を得られる。掃除に費やす時間を、他のことに使うことができる。そこでまた別の「実感」「あたたかさ」を掴めばいいのだ。
「変化を乗り切るために養うべきは『見えないものを見る力』」という小川さんのメッセージが心に残っている。
 自分の体温を持ってリアルに未来を見てみると、拓けた先にあるのは、あたたかい希望だった。そして辿ってみると、しっかりと今の自分に繋がっている。

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