南沢奈央の読書日記
2019/11/22

むらさきのスカートの女は、何色の何を穿いていたのか

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撮影:南沢奈央

 人間観察が趣味だという人は意外に多い。
 わたしも一人で電車に乗った時やカフェに入った時などに、つい周りにいる人を見てしまう。スマホをいじっている人が多い中で、本を開いている人がいると目立つようになってきた。どんな人がどんな本を読んでいるのか、気になる。
 だが、そもそも本にカバーを付けている確率が高い。その時点で諦めることが多いが、本の中をちらりと覗ける場所にいたら、左ページの左上をそっと見る。章のタイトルか、運が良ければ、書名が書かれている。
 また、その人の服装や持ち物、表情や姿勢を観察する。何歳くらいでどんな仕事なのか、好みは、金遣いは、生活は、家族は……と想像してみる。ここで何の本を読んでいるか分かっていたら大いに想像の助けになるのだが、分からない場合も人となりを観察してから、こんな本を読んでいるかもしれない、とさらに想像するのだ。最終的に、人間観察は人間想像になっている。

 第161回芥川賞を受賞した今村夏子さんの『むらさきのスカートの女』も、人間観察が趣味の女性が主人公だ。
 人間観察といっても、対象は一人なのだ。いつもむらさき色のスカートを穿いていることから「むらさきのスカートの女」と呼ばれている、近所では有名な人物だ。
 観察の仕方も徹底している。むらさきのスカートの女が1週間に1度ほど、商店街のパン屋にクリームパンを買いに行くことを知っているから、パンを選ぶふりをして近くで容姿を観察する。頬のあたりにシミがあり、肩まである黒髪はツヤがなくてパサパサで、思ったより若くないと分かる。
 その容姿のせいか、職探しに苦戦している彼女の様子を見て心配した主人公は、シャンプーをこっそり玄関のドアノブにかけてあげたりなんかする。さらに、むらさきのスカートの女がよく立ち寄る公園のベンチに求人情報誌を置きつづけ、きっと受かるであろう自分と同じ職場に来させようと試みる。「がんばれ、むらさきのスカートの女。面接、どうか受かりますように」
 ついに誘導に成功し、職場での観察も始まる――。もはや、観察は趣味の域を超えて、ライフワーク(?)になっているのだ。

 主人公〈わたし〉の一人称で描かれているから、本書はまるで、〈わたし〉によるむらさきのスカートの女の観察記のようだ。
「観察するたびに誰かに似ているなと思う。誰だろう」と、似ている人を見つけては否定しながら、むらさきのスカートの女を捉えようとしているのがおもしろい。
 クリームパンの最後の一口に時間を掛けて食べている姿を見て、姉に似ていると思う。となると、妹である自分も似ているということか。いやだけど、彼女のように〈わたし〉が商店街を歩いたところで、誰も気にも留めない。そのアーケードの人混みを軽やかにすり抜けていく姿は、フィギュアスケーターのようだ。一昨年の冬季オリンピックで銅メダルを獲った女の子に雰囲気も似ている。いや、むらさきのスカートの女と「運動」という2文字は似合わない。ベンチに腰掛けじっとしている姿は、小学校時代の友達のめいちゃんが水泳の授業を見学している姿に似ている。でもめいちゃんのようにくっきり二重ではなく、むらさきのスカートの女は一重だ。一重といえば、中学校時代の同級生である有島さんを思い出す。いや、ワイドショーのコメンテーターで似た人がいる。違う、前に住んでいた町のスーパーのレジの女の人だ……。
 こうして、〈わたし〉の中の、むらさきのスカートの女像は立ち上がっていく。だが、職場にやってきて、より近くでむらさきのスカートの女を観察できるようになると、また印象が大きく変わっていく。
 まず、むらさきのスカートの女が上司に愛想笑いをしたことに〈わたし〉は驚く。その後も職場の女性の先輩から可愛がられたり、仕事の覚えが早かったり、実は陸上を6年やっていたり、公園で子どもと仲良くなって一緒に遊んでいたり。〈わたし〉にとって、むらさきのスカートの女の意外な部分を知ることになる。
 職場でもプライベートでも観察を続けていると、むらさきのスカートの女の変化がよく見えてくる。
 同僚から「ふっくらと血色が良くなった」「美人になった」と評判になり始める。化粧が濃くなり、香水の匂いまで強くなってくる。そして上司と不倫をしていることが発覚し、ある事件をきっかけにむらさきのスカートの女は姿を消してしまう。
 
「昨夜のむらさきのスカートの女が何色の何を穿いていたのか、わたしはどうしても思い出すことができなかった」
 むらさきのスカートの女の残像にとらわれていた、わたしも一体、彼女の何を見てきたのだろうと思った。
〈わたし〉が初めて知るむらさきのスカートの女の一面は、本当に意外なことだったのだろうか。むらさきのスカートの女は、本当に変化したのだろうか。
 果たして、「人を見る」とはどういうことなのだろう。

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