南沢奈央の読書日記
2017/07/28

人間椅子がやってきた

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撮影:南沢奈央

 6月の頭に注文した椅子が我が家にやってきた。自分で木材から布地の素材や色まで選び、注文してから職人さんが一から作り始めてくれた、まさにわたしの為の椅子。ついに、念願の顔合わせだ。
 だが、巨大な段ボール箱を玄関先で受け取った瞬間、何だか開けるのがこわくなってしまった。この一か月半以上、椅子が完成し手元に届くことが日々の楽しみであり、励みになっていたからだ。ワクワクを終わらせたくないのである。
 そしてもう一つ、開けるのを躊躇った理由がある。江戸川乱歩の『人間椅子』を思い出したからだ。数年前に大学の講義でこの作品を読んで、しばらく椅子に座るのがこわくなったことがあった。大きな椅子やソファを見るたびに、中には人が入っているかもしれないと思ってしまう。そして今、目の前には巨大な段ボール箱がある。成人男性が余裕で入れてしまうような大きさだ。『人間椅子』が頭に浮かんでしまった今は、この箱の中にはそもそも椅子ではなく、人が入っているかもしれないというおかしな想像さえも膨らんでしまっているのだ。
 99.9%この巨大段ボール箱の中には人間椅子ではなく、素敵なワクワクが入っていることはわたしもよーく分かっている。だけど0.1%の不安をなくすためにも、もう一度読んで、あれは創作だということを思い出そうと、本を手に取った次第である。

 女流作家の元に、「奥様、」から始まる一通の奇妙なファンレターが届くところから、物語は始まる。改めて読んで、びっくり。この手紙がまぁ秀逸なこと!見ず知らずの人間からの手紙を最後まで読ませるためのエッセンスがふんだんに使われている。初めて読んだ時の、椅子の中に人間かいるかもという不安や、そういう人間の気味悪さを感じなかった。見事な手紙だ。
 まず、“知らない男からの突然の手紙をお許しください”という丁寧な断りから警戒を解かせ、“人間界から姿を隠し、悪魔のような生活をしていました”という意味深な表現で興味を引かせる。一体どこにいたのかと気になって仕方がない。読み進める。そして、“自分は貧乏で容貌も醜く、一椅子職人にすぎない”と自分を卑下するが、それでも仕事には誇りを持って励んでいて、時には“甘美で贅沢な夢にあこがれている”ことも素直に認める。ついつい同情してしまう。読み進める。だがついに“うじ虫みたいな生活に堪えきれないから、死んでしまったほうがましだ”とどん底まで行ってしまい、こちらが心配になってしまった時に、“手放したくないほどに見事な出来栄えの椅子が完成した”という報告。一緒に嬉しくなる。そして“すばらしい考えが浮かんだ!”と。なんだろう!教えてほしい。
 “椅子を適当に細工して、その中に入ろう!そして置かれた先のホテルで盗みを働こう!成功!”“自分の上に座った女体に愛着が!これが椅子の中の恋!”。……ん?なんの話?気持ち悪いなあ、と手紙を置こうと思うと、“奥様、不思議千万な感覚を想像してごらんなさいませ”と呼びかけられる。この後も何度となく、この奇妙な手紙を中断したいと思うタイミングで、“奥様、”と呼びかけ、読むのをやめさせない手法が使われている。うまい。そうするうちに、自分とはまったく関係ないと思っていた話が、だんだん自分に近寄ってきて、この人は最後に何を言おうとしているのだろうと、薄気味悪さを感じながらも読まずにはいられなくなるのである。最後は、まさに椅子に座るのがトラウマになる結末だ。“ホテルの次の行先で本気で恋した相手が……”。

 初読と今回の再読時に感じたことがあまりに違い、自分でも戸惑っているのだが、今、少しばかりこの手紙の主に共感さえも覚えている。子どもの頃遊んだ、かくれんぼを思い出した。
 普段は入らないような場所に身を潜め、近づいてくる影を見たりとか、足音に耳を済ませたりだとか。自分しか知らない世界がそこにはあって、嬉しく、またおかしいのだ。見つかりたくないという気持ちとは裏腹に、見つからないままでいる寂しさが徐々に大きくなっていくのも感じられた。椅子の中にずっと隠れていたけど、やがて自分の存在を知ってもらいたくて手紙を書くに至る彼も、かくれんぼしている子どもと同じだったのではないだろうか。

 今回わたしがこの本を読んだのは、どうやら不安をなくすためではなく、箱を開ける勇気が欲しかったからかもしれない。初めて読んだときは恐怖しかなかった『人間椅子』から、まさか勇気をもらうとは思わなかったけれど。
 さぁ、箱を開いてみよう。そこには人間椅子のような言い知れぬ魅力と、期待以上のワクワクが詰まっているはず!

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