南沢奈央の読書日記
2020/04/24

杏奈さんと身体

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撮影:南沢奈央

 関節がいっぱいある!
 入手杏奈さんのパフォーマンスをはじめて目の前で見たとき、最初に浮かんだ感想だ。
 舞台でご一緒することが決まり、稽古が始まる前に、杏奈さんが出演するダンス公演のチケットを取った。
 お芝居を観に行くことは多いけれど、ダンス、しかも終演後にワークショップ付きという公演に足を運ぶのは初めて。とても緊張して、早めに到着したにもかかわらず、自由席の端っこの席を選んでしまったところ、すぐに後悔することとなった。
 杏奈さんのパフォーマンスは、わたしの知っている“ダンス”のどれにも当てはまらなかった。リズムに乗るわけでもない。無音の時間がある。ときどき、ダンサーから音が発せられる。振りが決まっているようにも見えない。3人のダンサーで影響し合って、作り上げていく。今わたしは、表現が生まれる瞬間に立ち会っているのだ。
 “コンテンポラリーダンス”という枠にさえ収まるのか。素人のわたしが言うのはおこがましいけれど、そう思ってしまうほど、圧巻の身体表現だった。
 杏奈さんの身体に見入る。
 まず、こんなふうに身体って動くものなのかという発見。そして頭のてっぺんから足の指の先まで、全て自分でコントロールしている。後で聞いたら、内臓も意識していると言っていた。自分も同じ身体を持っているはずなのに、動かせるとは思えない。何だか、自分の身体が自分のものではないような気がしてくる。
 見入っているあいだに、呼吸が同期してくる。
 杏奈さんが息を止めると、見ているこちらも息を止めている。呼吸が早くなると、わたしの呼吸も早くなり鼓動は高鳴る。少し落ち着くと、全身の力がふっと抜ける。
 身体の可能性、表現の可能性というものを、教えてくれるパフォーマンス。それをお客さんにも味わってほしかった。稽古場でも毎回体感させてもらったわたしは、幸せ者だ。

 もう一人の共演者である平埜生成くんが本好きである話は前回したが、杏奈さんも実は本好き。しかも山好きで、落語好き。プロフィールを見ただけで、お見合いお願いしますと即申し込むレベルに、趣味が合う。
 一度稽古場に、杏奈さんがぜったい好きだろうから読んでほしいなぁ、という本を持って行ったことがあった。「もしまだ読んでいなかったら……」と唯川恵さんの登山エッセイ『バッグをザックに持ち替えて』を差し出すと、なんと「私もその本、好き」ですと! 
 さらにこんなこともあった。後日、杏奈さんの好きな小説を聞いたら、「川上未映子さんの『すべて真夜中の恋人たち』は何度も読んじゃう」だって! わたしも大好きです、その本! 即結婚させていただきたいくらい、好みも合う。しかもめちゃくちゃ優しくて穏やかで、真面目。……と恋する乙女のようになってしまったので、本題に入ります。

 表現者としても、いち女性としても尊敬する杏奈さんが、薦めてくれた本があった。生成くんが凪良ゆうさんの『流浪の月』を薦めてくれたように、稽古が自粛になり、不安いっぱいで自宅待機になった時だった。
 それが、片山洋次郎さんの『日々の整体 決定版』。
 舞台の中止が決まってからも、わたしはずっと家で過ごしている。すると急に運動不足になり、人との会話も少なく、ストレスも溜まる。明らかに、身体に不調が出始めている。
 腰が痛い。集中力が続かない。足が冷える。食欲が止まらない。寝つきが悪い。などなど。
 あぁ、ジムに行って運動したい。マッサージに行って凝りを取ってほしい、リラックスさせてほしい――。
 自宅で過ごさなくてはいけない今、自分で自分の身体を管理しなくてはならない。出来る限り、自分で解決しなくてはならない。それが、家で簡単にできるようになる一冊である。
 たとえば、わたしが前述した5つの不調はこの本ですべて解決できる。
 腰痛、と一言で言っても、二つのタイプがある。動くときに腰が痛いという人と、同じ姿勢をしていると痛くなるという人だ。わたしは後者なのだが、そういう人は、バランサーとしての役割を持つ「腰椎3番」(臍の真裏)が硬くなって、やわらかな動きが失われていることに問題があるのだそう。
 同じ姿勢を続けて腰痛が出たとき、座ったまま、または立ったままできる対策が紹介されている。脇腹を手で軽く挟み、息を吸いながら引っ張って、息を吐きながら力を抜く。これの繰り返し。
 腰が痛いのに、脇腹なの?と思ったあなた。(わたしもそう思いました。)腰椎3番の変化は、脇腹の筋肉に表れるのだそうだ。腰椎3番が硬くなっている(腰が痛い)と、脇腹の筋肉は力が抜けて、押すとプヨプヨした感じがする。逆に、プヨプヨ度が減って、うまく力が入りやすくなり引き締まってくると、腰椎3番はやわらかくなっているということ。つまり、腰が軽く感じるようになるのだ。
 加えて、朝晩ベッドで寝転んでやれる「微妙運動」(運動といっても激しくないし、ストレッチともちがう)というものが紹介されており、これは寝つきや目覚めの良さにも関わってきそうなので実践してみたいと思っている。

 身体がこういう「状態」のときは、身体のこの「部分」がこうなってしまっているからで、良くするにはこの「方法」。うまく出来ているのかは、この「変化」を見れば分かる。

 このように丁寧な文章とゆるいイラストで、ナルホドと納得しながら読み進められる。
 しかも紹介されている身体をほぐすメソッドはすべて、家でできるものだ。今家にいるからこそ、好きなときにやろう。
 他にも実践してみたい、身に覚えのある不調を解決する方法がたくさん。「考えがまとまらないときには、あくびをする」「依存や孤独感を生みやすい骨盤」「作り笑いは左右非対称」「食べすぎは冷えを疑え」……。
 わたしはこのおうち時間を利用して、自分の身体と向き合っていってみようと思う。

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