南沢奈央の読書日記
2019/06/21

母の言葉

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撮影:南沢奈央

『上野千鶴子のサバイバル語録』を読んだら、母の顔が浮かんできた。
 上野千鶴子さんの言葉と、この間両親と過ごした時間が重なり合ったのだった。

〈時間を一緒につぶしてくれるのが家族〉
 今年の誕生日は、家族と過ごした。
 先週の土曜日、わたしは29歳になった。当日は何の予定も入っておらず、別にそこに寂しさとかは感じないのだけど、年に1度の主役になれる日をいつも通りの休日にしてしまうのも何だか惜しい気がして、「なにしてるの?」と両親に連絡をした。お昼は埼玉で親戚と食事をする約束があるから、それが終わったら、そのまま車で来てくれることになった。
「迎えに来たよ」と電話をもらって、家の前に出ると、空はどんよりと薄暗くて、雨も強く降っていた。
車で待つ父と母が、「誕生日おめでとう」と笑顔で声を掛けてくれた。
 うれしかった。だけど照れくさくて、何食わぬ顔をして出た「ありがとう」があまりに子供っぽくて、自分でもヒヤッとした。いきなり蘇ってしまったわたしの中の“子供”がむくむくと大きくなり、途中で寄ったケーキ屋さんでも、“子供”を抑えることができなかった。
「どれがいい?」と聞かれ、「これがいい」とケーキを選んだわりには、「プレートに何て書いてもらう?」と母に尋ねられると、「わたしが祝ってもらう本人なんだから、それは考えてよ」と突き放してしまった。その瞬間に、反省した。
 実家では、両親とわたしと3人きり。クロスワードパズルをしたり、本棚の整理をしたり、3人麻雀をしたり、ご飯を食べたりして、あっという間に時間が過ぎた。
「あなたは、一人っ子になったんだね」
 先ほど選んだロールケーキを食べながら、母に言われた。
 昨年から今年にかけて、姉も弟も結婚した。そして実家を離れた。そうか、わたしは今、戸籍上、一人っ子なのだ。姉と弟に挟まれて過ごした幼少期には、一人っ子に憧れたこともあった。それがまさか本当に実現してしまうとは。
 素直になれない態度や母から言われた一言で、29歳になって一番実感したのは、自分はまだまだ子供なのだということだった。
 泊まっていくように勧められたけれど、はっきり「帰る」と言った。まぁ帰るといっても、送ってもらうことになったのだけど。
 代わりに、翌朝、朝食を食べに来ると約束をした。

〈家族とは、一緒にごはんを食べる人のこと〉
 翌日は、父の日だった。
 少し遅めの朝食(ブランチ)を食べに、実家へ行った。前日とは打って変わって、朝からよく晴れていた。木の緑がきらきらと輝いていて、「何だかうれしそうだね」と母と一緒にしばし窓の外を眺めた。
 食卓にホットプレートを出して、ホットケーキを焼いた。ホットケーキの隙間でウインナーや野菜も焼く。家族5人揃う休日には、よくみんなで朝から賑やかにやったものだった。
 父の日ということで、弟夫婦から美味しそうなアイスが送られてきたのだと、自慢げに父が話した。わたし、何も用意してこなかった!……とハッとしていると、それに気づいたのかどうか分からないが、母がこんなことを言った。
「子どもが家から居なくなると、こうして会いに来てくれて一緒に過ごせるのが、何よりの贈り物だね」
 親を大切にしたい、と思った。昨日現れた“子供”は姿を消した。親を支えなければ、という“大人”の自覚さえも芽生えた。

 だけどおそらく、“子供”であろうと“大人”であろうと、わたしという人間を受け入れてくれるのが親なのだろう。
 親を大切にするということは、親と一緒にご飯を食べることなのかもしれない。
 気付きを与えてくれて、どこか前向きになれるのも、上野千鶴子さんの逞しい母性のある言葉の力だ。

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