南沢奈央の読書日記
2018/04/20

娘たちもまた英雄的になれる

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撮影:南沢奈央

 科学者と言えば、誰の名前を挙げるだろうか。エジソン、ニュートン、ガリレオ……。
 一番にわたしの頭に浮んだのは、アルベルト・アインシュタインだった。
 名前はもちろんのこと、一般相対性理論を発表したという功績、そして彼の顔まですぐに思い出すことができる。
 ではその「20世紀最高の物理学者」と評されるほどのアインシュタインに、「偉大な数学の天才」と言わしめた科学者のことを知っている人はどれだけいるだろうか。
 エミー・ネーター。わたしも正直、『世界を変えた50人の女性科学者たち』を読むまでは彼女の存在を知らなかった。それに、物理学の世界でとても重要な役割を果たしてきたとされる「ネーターの定理」の理解も正直、わたしの手に余る。ただ、驚きは他にあった。女性が高等教育を受けるのが“違法”だった時代があったなんて、想像もしなかった。それでもエミーは、大学の教室の後ろの席に座って、単位が認められなくても2年授業を受け続けて学んだという。その後大学の教壇に立てるようになっても、役職を与えられず、しかも無給で7年も働き続けることになる。
 不遇の人生を送ったエミーの死後、アインシュタインが彼女を決して忘れないようにと念を押したというから、エミーの熱意、そして数学の分野における功績は計り知れない。

 本書には、エミーをはじめ50人の女性科学者たちの業績やエピソードが紹介されている。ストーリーのように読める紹介文と共に、カラフルでキュートなイラストが添えられていて、人物の人柄や生きた物語が見えてくる。まるで絵本を読んでいる気分になる。
 間に収録されているコラムも充実している。教育と科学と歴史年表や科学用語集ももちろんイラスト付きで、知的好奇心がくすぐられ、ワクワクしながら勉強になる。教科書がこんな感じだったら良かったのに。
 実験道具紹介ページには、ピペット、メスシリンダー、蒸発皿、ろうと……!高校を卒業してから触れる機会も一度もなく、名前を口にすることがなかった実験道具を見て、懐かしさが込み上げてくる。中学時代、理科の実験教室の真っ黒な机の隅に、えんぴつで「お腹すいた」と落書きしたら、翌日「がんばれ」と添えられていて、それからしばらく、正体も分からない相手とやり取りしていた。なんだかドラマが始まりそうな展開。(実験道具とは関係ないけれど。)
 高校時代は数学や物理が好きだった。「女子なのに珍しいね」と言われ、理系の授業を選択する生徒が男子ばかりで心細かった。そういえばこの時の高校生でも、「男は理系、女は文系」というイメージがうっすらあったようだ。
 現代でさえ何となく残っている感覚がより濃かった時代、女性科学者たちはどれだけやりたいことを制限されていたことだろう。学びたい、研究したい、世の中を良くしたい、という純粋な思いさえも社会の制度や人々の偏見によって、抑えつけられていた。そんな時代も性別も常識もぶち破って、偉業を成し遂げた女性科学者たちを“英雄”と呼びたい。

 わたしはさっき、パソコンがWi-Fiに繋がらなくて焦っていた。この原稿をパソコンからメールで送らねばならない。Bluetoothでスマホと接続しているスピーカーから呑気に音楽が流れている。焦りながらも、今は一人の女性に思いを馳せることができる。
 スマホ、Wi-Fi、Bluetooth……これらの技術の基盤を発明した、ヘディ・ラマー。全米発明家の殿堂入りした彼女は、ハリウッドでは「世界でいちばんの美女」と呼ばれた映画女優でもある。
 英雄たちの生き様が、わたしの中に眠る勇気と野心を再起動させる。うん、何かが繋がりそうだ。

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