見上げてごらん
冬は空気が澄んで、星が綺麗に見える。知ってはいるけれど、寒がりなわたしは夜空を見上げる余裕などない。身体を丸めて、下を見て超早歩き。―2018年を迎えるまではそうだった。
家族みんなで手をつなぎ輪になって、「3、2、1……」とカウントダウンをして恒例の年越しジャンプをして、気分が高揚したまま今年もすぐに近所に初詣に行った。この時間が好きだ。特別な夜。夜、と思えない唯一の夜だ。0時過ぎ、いつもはひと気がなくて帰りに怖ささえ感じる道には、穏やかな祝福ムードに包まれた人々が同じ方向に歩いている。着くと、参拝客の列が境内の外まで伸びていた。
そこまでは例年通り。今年違ったのは、空の明るさだった。寒がりのわたしが顔を上げるほどの明るさだったのだ。まるくて大きな月が、空に浮かんでいた。浮かぶというより、空を破って地球に向かってきたと言いたいくらいの、存在感と迫力。眩しさのあまり目を細めながらも、被っていたフードをおろしてぼうっと眺めた。そして、祈った。
翌日、その月は2018年最大の満月になった。それからわたしはなんとなく夜空の様子が気になって、外にいたら必ず見上げた。月の明るさが和らいでくると、今度は星が見えてくるようになった。きらきらと輝いている。東京でもこんなに見えるのか、と驚いた。東京は街が明るくて星が見えない、と人は言う。だけど、それは存在しないというわけではなく、星はいつもそこにはあったのだ。
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- 星に願いを、月に祈りを
- 価格:764円(税込)
世の中にこんなに優しい光を放つ小説があったのか。
中村航さんの『星に願いを、月に祈りを』と出会って、同じ感覚になった。
本書は、第一章から挿話をはさみ第四章まで、時間軸と人物の目線が変わっていく。第一章では、学童キャンプでホタルを見る為に夜中に抜け出したひとり、小学生・大介の目線で描かれる。暗い森での小学生三人の冒険の合間に、随時挿入されているラジオ「星空・レディオ・ショー」の語りが象徴的だ。どこから聴こえてくるのか分からない、壮大でロマンあふれる宇宙の話が頭に残る。
第二章に入って、一緒にホタルを見に行ったアキオが中学生になり、合唱部員の先輩に恋をしている話になる。この甘酸っぱい恋がきっかけで、小学生のときに森で耳にしたラジオの謎に気づいていく。
小学生のキャンプから始まった爽やかな青春の話と、ラジオの謎を追うちょっぴりミステリーの要素がどこへ向かうのだろうと、挿話から第三章へ読み進めると、読者は戸惑うことになる。早朝、ある男のもとに、セーラー服を着た見知らぬ少女が突然訪れてきて、お互いに居心地が良くなり、一緒に過ごすようになる、という少し幻想的な話が展開される。その男と少女が誰なのか分からないまま進んでいくが、このふたりの運命的な結びつきを見ているうちに、戸惑いを忘れて、いつの間にか心が温まっている。だがやがて、この別の物語だと思っていたものの全体像が見えてきたときに、すべては巡り巡って繋がっていたんだと気付かされる。
大きく柔らかな月の光に包まれて、立ち尽くした元日のわたしがふたたび現れた。そして、祈った。
<どうか君の夜空に、優しい星が流れますように―。>