南沢奈央の読書日記
2019/11/15

私たちは言葉を食べて生きている

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撮影:南沢奈央

 あたらしい言葉と出会うのは、嬉しいことだ。
 本を読むたびに、まだまだ知らない言葉がたくさんあるなぁと思う。
 高校生の頃だったか、本の中に出てきた「咀嚼」の意味を母に教えてもらった記憶がある。
 口の中で食べ物をよく噛み砕いて、飲み込むこと。そしてもう一つ、言葉や文章などの意味をよく整理して理解すること。
 そうか、言葉を噛み砕くと、やさしい言葉やわかりやすい言葉に分解され、飲み込みやすくなる。そうすることで、しっかり体内で消化されていくのか――。
 あたらしい言葉と出会うことは、あたらしい食べものと出会うのと同じ感覚なのかもしれない、と思った。

「言葉と料理は、いつでも一緒だった。料理は人間の言葉、そして言葉は人間の食べものなのだ」
 詩人・長田弘さんは、そもそも「言葉と手をむすぶもの」として日々の料理への関心があったそうだ。そしてさまざまな料理に関する本から示唆を受けて作られた詩66篇が収録された一冊が、『食卓一期一会』。
 まさに、言葉や食との出会いに対する悦びを味わうことのできる詩集だ。
 目次は、メニューのようでもあり、レシピの見出しのようでもある。「サンタクロースのハンバーガー」「ショウガパンの兵士」「パイのパイのパイ」「ガドガドという名のサラダ」と料理名もあれば、「ぬかみその漬けかた」「シャシリックのつくりかた」「卵のトマトソース煮のつくりかた」という一見詩の題とは思えないものも数多く、その中に「言葉のダシのとりかた」「きみにしかつくれないもの」「いい時間のつくりかた」「コトバの揚げかた」とさらっと交ざっているのも、また良い。とにかく多種多様な料理が並んでいる。あたらしく出会うものばかりだから、“咀嚼”にたっぷり時間を掛ける。

「イワシについて」考えると、自分の思想について考えることになる。
〈おいしいもの、すぐれたものとは何だろう。思想とはわれらの平凡さをすぐれて活用すること。きみはきみのイワシを、きみの思想をきちんと食べて暮らしているか?〉
「カレーのつくりかた」を読み、カレー粉の香ばしい匂いが広がって“なぜだか”嬉しい気持ちになっていると、知恵とは何か教えられる。
〈人生「なぜ」と坐ってかんがえるのもいいが、知恵ってやつは「なぜ」だけでは解けない。本質をたのしむ、それが知恵だ〉
 詩の中の言葉と食を一緒に咀嚼していくと、あたらしい味わいに出会う。毎日同じで、生きていくために必要な最低限の食べものだけではつまらない。言葉も同じだ。もっともっと、あたらしい言葉を食べて、味わって、人生を豊かにしていけたら幸せだろう。食欲は尽きない。

 はて咀嚼に時間を掛けるのも大切だが、料理にも時間が重要なエッセンスとなる場合がある。
 実際わたしは料理をするが、ゆっくり煮込むとか、一晩寝かせるとか、そういう工程のあるものをあまり作らない。今すぐに完成させたい、今すぐに食べたいと思うからだ。
「アイスバインのつくりかた」で、七日七晩、何もしないで寝かせる時間があると書かれていた。そうなると、なるほど〈アイスバインをつくるのは、きみじゃない。時間という頑固な手垂れの料理人だ〉。今後、時間という料理人と親しくなっていきたいものだ。
 食べるのも楽しいけど、提供するのも好きなわたしとしては、長田弘さんがどのようにして、この歯ごたえのある味わい深い本書を完成させたのか、という料理のコツがとても気になるところ。その秘伝の材料が実は、「梅干しのつくりかた」に記されている。
〈きみの梅干しがぼくのかんがえる詩だ。詩の言葉は梅干しとおなじ材料でできている。水と手と、重石とふるい知恵と、昼と夜と、あざやかな色ととても酸っぱい真実で〉
 すぅっと、胃の腑に落ちていった。

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