南沢奈央の読書日記
2020/05/15

今日はガッちゃんと歩こう

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撮影:南沢奈央

 わたしは毎日、歩いている。
 仕事や友達との約束もないから、急ぐ理由もない。これまで大股で早歩きだったわたしの歩みは、少しだけ、丁寧になってきていることに気が付いた。
 目的地もなく、ただ歩くことを目的とした歩く時間。これまで見ようともせず通り過ぎていた場所に、目を向けられる。今、そんな良い機会なのかもしれない。わたしに教えてくれたのは、ガッちゃんだ。
 作・益田ミリさん、絵・平澤一平さんのタッグで織りなす、2コマ漫画『今日のガッちゃん』。
 赤い首輪に黄色い鈴を付けた猫。いつも自分のペースで外を歩いているガッちゃんは、わたしたちも見ているはずの当たり前の日常の中から、よろこびやおどろきを拾い上げる。

 たとえば、手紙を投函されたポストを見て、「今日もごはんもらっているね よかったね」と思う。人が手を挙げてタクシーを停めるのは、魔法のように見えるし、子どもが食べる綿あめは、空から取った雲だと思っている。地面に生えたたんぽぽを見つけたら、鉢、つまりおうちがないことを心配してあげる。雑草は、いつか八百屋さんに、鯉のぼりはいつか魚屋さんに並ぶといいねと、心の中で願う。
 ガッちゃんは、やさしい。誰かの思いを想像してあげることができる。捨てられている自転車や片方だけ落ちていた靴を見つけると、少し切なくなる。誰かの思いが幸せなものなら、それはガッちゃんもうれしい。ラーメンを食べている人や、桜を見ている人、道に車を停めて寝ている人を“見る”のが好き。人の幸せそう姿を見て、幸せを感じることもできる。きっと、自分のできることとできないことが分かっているからだ。
 だからこそ、空想もする。憧れもする。ガッちゃんは自分なりに季節を味わいながら、日常のささいな変化も感じ取っていく。
 今日のガッちゃんは、何を見ているだろう。
 そう考えながら、日々の歩みを少しだけ緩めて、時に立ち止まってみる。そしたらわたしたちにも、色彩豊かで、愛おしい景色が見えてくるはずだ。

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