好きなのに
私しか知らないと思ってた。
そう言ってたよ、とヘアメイクさんは言った。
詳しく聞くと、わたしのいつもお世話になっているヘアメイクさんが、ご友人Aさんと会ったときに本の話題になり、「そういえば」とわたしが本好きであるという話をしてくれたのだそう。すると後日、Aさんがわたしのインスタで紹介した本を辿っていったら、その一冊に行きついた。
売野機子さんの『薔薇だって書けるよ』という漫画である。2018年10月5日に、この読書日記で紹介したものだ。それが、Aさんの大好きな漫画だったのだ。だけど、「私しか知らないと思ってた」と。大好きなのに誰にも話してこなかった。大好きだから、心に秘めていただいじな作品。
自分が好きな本を誰かが読んでいるっていうだけでうれしいものだ。しかも同じように心に響いていたら、なおさら。
自分が良いと思ったことを、わかってくれる人がいる。
直接聞いたわけではないので想像になるが、Aさんにとって、この上ない喜びを感じてくれたのだと思う。わたしが逆の立場だったらそうだからだ。
そしてAさんは、「だったらきっと、これも好きなはず」と、ヘアメイクさん経由で数冊の漫画を薦めてくれた。
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- 姉の友人
- 価格:825円(税込)
そのうちの一冊が、ばったんさんの『姉の友人』だ。
中学2年生のるり子は、姉・ナツの友人だった小説家の今日子とばったり再会する。かつてはしょっちゅう遊びに来ていて、「運命共同体みたいにべったりくっついてた」ナツと今日子だったが、突然姿を現さなくなっていた。今日子は〈まっくろな髪の毛に きゅってつまんでひっぱったみたいな小さい鼻 きゃしゃな手首とうなじからはいい匂い〉、〈つまり大人のイイおんな〉。
憧れの今日子とるり子は、二人の時間を過ごすようになる。今日子はいつだって話を聞いてくれて、帰り際にいつも小さなプレゼントをくれる。香水、口紅、イヤリング。大人の象徴のようであり、憧れの今日子からのプレゼント。何よりも宝物だ。ある日、それを自宅で見つけた姉・ナツは、「捨てろ」と言う。私があのおんなにあげたやつなのだ、と。一体、今日子とナツのあいだに何があったのか――。次のエピソードで二人の出会いから語られる。
このように、るり子、ナツ、今日子、初めて本当の「恋」を知ったおんな三人の物語が、それぞれの視点から全5篇で描かれていく。
ナツと今日子の関係性がとても愛おしくて、とても切ない。
自分が良いと思ったことを、わかってくれる人がいる。
あったかいトマトがきらいなこと。夏のあいだしか足の爪を塗らないこと。塗っているときに、喋りかけられるのがいやなこと。部屋にあるおもちゃのダーツが好きなこと。
おんなじだ。好きな人の良いと思っていることと。それはこの上ない喜びだけど、一瞬にして残酷にもなり得る。
私しか知らないと思ってた。
今は、好きな人の横にいる人がそのことを知っている。とてつもなく苛立って、最終的には悲しくなる。
「好きなのに」という三人の思いが飛んでいく。だけど、それが決して交わることがない。その孤独を抱えながらも、ちいさな心の安らぎを見つけて、ひとりではない、ということに気づいていく。切なさのなかに、ほんのささやかな希望を織り交ぜてくれるラストに、心を掴まれた。