南沢奈央の読書日記
2017/08/11

山の頂から海を見る日

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撮影:南沢奈央

 由比ガ浜の海水浴場で、わたしは渋谷にいるような気分になった。
 先日、姉とふたりで鎌倉へ行った。海に行きたかったのではなく、行ってみたい海の家があったのだった。鎌倉駅から歩いて、住宅街を抜けて視界が開けた瞬間、潮風を感じた。広がる海に興奮したのも束の間、砂浜の人混みに驚いた。そこはまるで渋谷のセンター街、原宿の竹下通り。人がひしめき合っている。人の多さだけではない。そこにいる人たちから発される何かが、東京を感じさせた。流行の水着を着た若者たち。ばっちりメイク、キレイに髪を巻いた女性たちが、スマホで自撮りしている。そんな女性グループに、肌が焼けて身体が引き締まっている男性グループが声を掛けている。
 小学生以来海水浴場に来ていなかった姉とわたしは、「小旅行気分で鎌倉まで来たのに、この人混みは疲れるね」と話しながら、人と人の間を縫って、海水浴場を後にした。(あとで友人から、湘南の海は特にそういう若者が多いんだよ、全部の海がそういうわけじゃないよと教えてもらいました。)
 海には、気持ちが外へ向いている人が多いと感じた。開放感がそうさせるのだろう。海でのことを思いながら、わたしは友人たちと連なりながらも黙々と進んでいった林間学校を思い出していた。山では、意識がもっと自分の内側へ向いていた。山を登りながら、疲れてくるとふと考えてしまう、悩みごと、家族のことや学校のこと。これもまた山の環境がそうさせるのだろうか。

 今年の4月に“探検グランドスラム”(七大陸最高峰・北極点・南極点到達)を世界最年少の20歳で達成したニュースは記憶に新しく、満面の笑顔の写真が帯になった本を見付けた時は、迷わず手に取った。南谷真鈴さんの『自分を超え続ける 熱意と行動力があれば、叶わない夢はない』だ。
 世界のあらゆる山々を登頂し、冒険してきた彼女の“自分を超え続ける”考え方が綴られている。真っすぐで強い言葉が並ぶ。当時19歳だった彼女の言葉は、若さや新鮮さを感じる一方で、重みがあって、説得力がある。
 彼女は「自分としっかり向き合える最良のツールは山」だと言う。
 「南谷真鈴になるために、人として成り立つために、必要な経験」であり、「自分で決めて、自分の意思で生きるための練習」として、エベレストを目指す。そのプランを立て始めたのは若干17歳。それからの行動に迷いがない。自分で“日本最年少記録をつくる”と宣言し、スポンサー探しをする。
 そして、「体力とテクニック、危険回避手段やとっさの判断力を身につけるには、実際に山を登るのが一番のトレーニング」と次々と登山に挑戦していく。実践で学んでいく、というのは、手っ取り早い方法である。わたしのデビュー当時もそうだった。事務所に入って、演技の経験も全くなく、右左も分からない状態でドラマのお仕事をいただき、現場で共演者の方やスタッフさんを見て、聞いて、撮影の仕方から演技のことまで教えていただいた。これは幸運なことだったと今になって思う。真鈴さんの場合は、自分でそのチャンスを掴みにいっている。やると決めたらやる、その行動力が凄い。
 ついに挑んだエベレストでは、次々と脱落していく仲間たちを目の当たりにする。常に死を近くに感じながらも、登頂を諦めなかった。最終的には体力よりも「やるぞ!」という気力が、彼女を生かし、標高8750メートルにたどり着かせたのだった。

 無条件で尊敬できる人に出会えた。女性であることや若さが注目されるは当たり前だが、それらを抜きに、人間として素晴らしい。成し遂げた結果はもちろんだが、それ以上に生きる姿勢や心持に心揺さぶられた。
 「南谷真鈴になるために」と始めた彼女が、実際に七大陸最高峰すべての頂を踏みしめた瞬間に思ったことが、「南谷真鈴になりかけた」。これ以上ないくらいの偉業を成し遂げてもなお、彼女にとってそこはゴールではないのだ。
 この本が出版されてから5か月も経っていないが、その間に北極点に到達し、探検グランドスラムを達成した。そして“最強山ガール”は現在、海に出て、セイリングで世界中をまわっている。彼女の冒険は止まらない。

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