南沢奈央の読書日記
2020/12/18

物語を命にかえて

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撮影:南沢奈央

 物語に救われた一年。
 2020年を振り返るとこうだ。
“救われた”ということは、自分には救いが必要だったわけで、わたしはそのとき、自然と物語に手を伸ばしていた。ステイホーム中は、日々落語を聴いて、ドラマや映画もたくさん観た。舞台の公演が再開されたら、すぐに劇場に足を運んだ。
 そして、そうしている間もずっとずっと本を読んでいた。今年は、30年の人生の中で最も多く本に触れた一年だった、とも言える。
〈読む方はもちろんのこと、わたしの場合は書くことで、すぐそこで息を潜める得体の知れない恐怖から、なんとか気を紛らわすことができた〉
 作家の小川糸さんが、まさに「物語に救われる」というタイトルで綴ったエッセイにあったこの一文を見て、気づいた。
 わたしの場合は、物語を演じることでも救われていたのだと。
 自分ではない誰か別の人物になって、物語の中へ入っている時、つまり演じている時には、確かに、現実の不安なんて一切忘れていた。その瞬間があるだけで、日常に戻ってももう一度、踏ん張れるのだ。

 

 改稿の時間でさえ微かな希望となっていたという小川さんの『とわの庭』は秋に刊行された。
 まぶしい本だなぁ、というのが書店で見かけたときの第一印象。物語から美しい光が放たれていることは、開かずとも本の佇まいから感じ取れた。
 そしてこの物語の主人公のとわも、物語に救われている女の子。目が見えず、母親と2人暮らしで外と交わることを禁じられていたとわは、外にも出られず、母親以外と話すこともできず、閉鎖的な暮らしの中で育った。だからこそ、母親が物語を読み聞かせてくれる時間は、とわにとって最大の楽しみであり癒やしとなっていた。
 だが10歳の誕生日を祝ってもらってから時が経ったある日、突然母親は帰ってこなくなる。一人、家に残されたとわ。すべてを母親にやってもらっていたとわはご飯を作ることはおろか、トイレにも行けない。さらにその時にはすでに家はごみ屋敷と化していて、異臭が立ち込める。母親が帰ってくることを信じて、外には出てはいけない、誰か来ても話してはいけないという約束を頑なに守り続ける。
 過酷な生活になっていく。前半は特に読んでいて、胸が締め付けられる。誰かこの子を助けてあげて。
 だがこの物語の不思議な魅力のひとつなのだが、主人公は過酷になればなるほど、生命力を発見していくのだ。どこかから聞こえてくるピアノの音や、ふと現れた子猫、そして“とわの庭”と呼んでいる庭にある木々から、生きる力をキャッチする。目が見えないから、とわは視覚以外の感覚を敏感に働かせ、音や匂いや風からさまざまなメッセージを受け取る。
「目に見えるものだけが光ではない」、「わたしの人生に光がないわけでは決してない。光は自分自身でも作れる」。
 とわは徐々に自身の中の強い生命力にも気づき、自分だけの光を放っていくのだ……。

 その後とわが新しい世界に飛び出し、さまざまな人と出会っていく様子が、四季の移り変わりとともに立体的に描かれていく。
 小川さんがベルリンでの暮らしから教えてもらったという四季の厳しさと美しさというものが、とわの人生にも投影されている。色彩豊かな春の昼下がりのような時期もあれば、音もなくなり静寂に包まれる冬の夜みたいな時期もある。とわの人生を見ていて、それらすべてに意味があり、それぞれによろこびを見出せるということに気づかされる。
 とわが母親に物語を読み聞かせてもらっていたように、本書を音で読んだら、きっともっと世界が広がるのではないか。目を閉じて、言葉を耳で聞いて、想像する。匂いを、音を、空気を、味を……。そうしたらきっと、とわが見ている希望に満ちた、まぶしい世界がもっと見えてくるはずだ。
『とわの庭』という物語がわたしの体に宿った。今後、幾度もこの物語に救われることになるだろう。わたしは、物語を命にかえて生きていく。

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