南沢奈央の読書日記
2019/03/08

8年分の想像

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撮影:南沢奈央

 忘れてはいけない。風化させてはいけない。
 みな、口々に言う。わたしも言ってきた。
 だけどこれは、誰に向けての言葉だろうか。どんな気持ちで言葉にしているのだろうか。
 きっと、自分への戒めの意味が一番大きいのだと思う。なぜなら自分自身、あの時受けた衝撃が薄れていくことを止めようがないと気づいているからだ。

 時という川の中に、わたしはいる。川では、次から次へと現実が流れてくる。正面に来たものを受け止めたり、流れてくるものを自ら追いかけて観察したり、もしくは、横目で見送ったと思ったら、突然目の前に来て身動きが取れなくなることもある。避けられる現実、避けられない現実。
 2011年3月11日、午後2時46分。
 人はそれぞれの川の中で生きていたはずだった。ただその瞬間に多くの人のもとに現れたものは、あまりに突然で、あまりに巨大で恐ろしいもので、意思とは関係なく向き合わなければならない現実だった。理解が追い付くわけもなかった。考える気力も体力も奪われていた。
 それでも川の流れは止まらない。時々刻々と新しい現実はやってくる。
 いつまでも放心状態ではいられない。それらと接するために、受け止めきれていない現実から一旦目を逸らしていくのだった。
 衝撃は何も変わらないまま、残っていたのだ。ただ単に、衝撃への意識が薄れていただけだった。

 あの日を経験した後を、どうやって生きていけばいいのだろう。
 たぶん、心のどこかでこの問いはずっと持ち続けていた。だけどしっかり意識し、思考し、こうして文字にしたのは初めてだ。
 この問いと向き合えるかもしれない、という勇気をくれたのは、いとうせいこうさんの『想像ラジオ』だった。そもそも本書でさえ手に取る勇気を持ち合わせていなくて、出版から6年経って、ようやく開くことができた。

「あまりに大きなショックがその人の心から想像力を締め出してしまってるんじゃないか」

「想像力が電波であり、マイクであり、スタジオであり、電波塔であり、つまり僕の声そのもの」という、想像力で聴くラジオ番組「想像ラジオ」。「想像ラジオが聴こえないのはこんな人だ」のコーナーで、DJアークが指摘している。
 わたしはまさに、想像ラジオを聴けない人間だろう、と思った。
 自覚した。自分はこれまで、想像することを拒否してしまっていたのだと。
 震災直後、ニュースで見た映像はどこか非現実的で、でもその後ほどなくして、変わり果てた町の姿や、自分の家や思い出の品、家族を探す方などが報道されるようになってから、確かに町があって人がいて生活があったことが急に見えてきて、とんでもなく胸が苦しくなった。正直言って、想像することが怖くなったのだ。
 しかし、『想像ラジオ』で為される想像は、今までと違った。
 今までが自分の川に留まったままだとしたら、本書を通してできたのは、自分の川を離れ、流れの止まってしまった川へ入り、そこにいる人に寄り添って、世界を見てみることだった。

「放送が聴こえていない人たちに僕らは常に語りかけるべきなんです」

 川の流れが止まっていることが意味するのは、決して死ではなかった。魂は生きていて、生者にたくさんのことを語りかけてくれていた。風景も見せてくれた。思いも教えてくれた。

「亡くなった人の声に時間をかけて耳を傾けて悲しんで悼んで、同時に少しずつ前に歩くんじゃないのか。死者と共に」
「そして一緒に未来を作る。死者を抱きしめるどころか、死者と生者が抱きしめあっていくんだ」
 
 もう、「想像ラジオ」を聴ける気がする。
 まずは耳を澄まして、声を探そうと心に決めて、自分の川に戻る。8年前からそのままだった現実の前に立ってみる。川面に映った自分は、まるで誰かにやさしく抱きしめてもらっているかのような顔をしていた。

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