南沢奈央の読書日記
2018/06/01

輝く鏡のなかで

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撮影:南沢奈央

 髪が伸びた。そしたら、鏡を見る時間が増えた。
 ただドライヤーで乾かすだけでまとまっていたショートと、肩に当たってはねることもないミディアムの中間だ。まとまらないし、よくはねる。しかも梅雨が近付き、ジメジメしてきた中で、首回りの髪は鬱陶しさ極まりない。そうなると、毎朝の支度の仕方が変わってくる。髪を乾かす時はしっかりブラシで梳かすし、暑い日には髪を結ぶようになった。鏡の前に立って。
 実はわたしは、鏡を見ることがあまり好きではない。だから鏡を見ることに時間を割くのは、本望ではなかった。だが、髪を結んだある日、つい鏡を見入ってしまった。長年ショートだったわたしは髪を結ぶことに慣れていないから、後ろで結んだあと確認するために、合わせ鏡を使ったのだ。すると、自分の目では絶対に見ることができない後頭部が映っていて、目の前には自分の顔もある。複数いる自分を色んな角度から同時に見ている。そこに映るのは自分じゃないように思えて、現実ではないように感じた。
 鏡の中には、自分の目だけでは見ることのできない世界が広がっている。
 好きではなかった鏡を見る行為が、感慨深いものになったのも、辻村深月さんの『かがみの孤城』を読んだからだろう。

 中学一年生の主人公・こころは、あることがきっかけで5月には学校に行けなくなってしまう。家で過ごしていたある日、部屋の鏡が突如光り始め、なんとそこをくぐり抜けることができるようになっている。鏡の中に行ってみると、そこには城があり、異世界が広がっていた。城の主である狼の仮面をつけた少女“オオカミさま”の前には、こころを含めて7人の中学生が集められている。見ず知らずの彼らは、翌年3月まで城の中での時間を過ごしていく。
 7人の中学生たちは、似たような境遇であることが徐々に分かってくる。みな、「学校に行かない」選択をした子たちだ。こころのように、精神的に行けない状況になってしまった子もいれば、親に行かなくていいと言われている子、海外に留学した為に行きたかった学校に行けなかった子など、理由はそれぞれ。「学校に行かない」までに至らずとも、「学校に行きたくない」と思ったことがある人は少なくないのではないだろうか。
 学校での居場所で悩むことは、誰しも一度は経験すると思う。わたしは勉強も運動も好きだった。仲の良い友達もいた。部活動もしていた。だけど、教室よりも校庭よりも、一番居心地が良かったのは、保健室だった。小学生の頃には、頭が痛くなって(時に仮病で)保健室で休んだ。中学時代は朝登校したらまず保健室に顔を出した。高校ではついに保健委員となり、休み時間や放課後、堂々と保健室に入り浸った。
 もしかしたら物語の7人の中学生たちは、わたしにとっての保健室のような場所を、学校で見つけることができなかったのかもしれない。代わりに、鏡の中の城が彼女たちにとっての居場所になっていった。
 それでいいんだ、と今なら思う。居場所は学校の外でもいい。ひとつじゃなくてもいい。当事者になってみるとそれはなかなか気付けないことで、これを伝えることが、子ども時代を経験した大人の役目なのではないか。

 数日前、新聞で、不登校や引きこもりの現状を伝える“不登校新聞”についての記事を読んだ。今編集部で働いている、かつて不登校を経験した女性がこう語っていた。
「私は不登校になれたから、生き続けられた。学校のことで悩んでいる子に『あなただけじゃない』と伝えたい」
 まさに辻村さんは、こういった想いに寄り添って、一緒に前を向いてこられたのだと思う。
 鏡の中には、尊い時間が流れている。

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