南沢奈央の読書日記
2018/04/13

ラジオ日記

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撮影:南沢奈央

 こんなに集中できないのは初めてだ。頭が回らない。頭を回す方法さえも出てこない。困った。コーヒーを飲み、パソコンを見つめる。カフェインは効いてくれない。どうやったら集中力を復活できるのだろうか。頭が動いていないのに、頭を動かす方法を考え出すなんて、無理だ。だからとりあえず手を動かしている。出てきた言葉をそのまま書き連ねてみる。

 今週は毎日、わたしが会いたい作家さんとお話させてもらえることになった。夢のような時間。日々の気ままな読書への予想もしなかった“ご褒美”。

 月曜。西加奈子さんのやさしさに涙しそうになる。わたしは西さんの作品が大好きだ。最新刊の『おまじない』でもどれだけ救われたことか。感謝を伝えたら、逆に感謝されてしまった。中でも「孫係」の一作が好きだったと伝えたら、「それ好きと言う人はみんなやさしい」。この方はどれだけやさしいのか……。
 西さんは本気で小説で人を救いたいと願い、誰よりも自分の作品の持つ力を信じているんだなと思った。そして、「苦手だからあえて短編に挑戦した」と言いながらも、「なんで人って、そこまでして成長したいと思うんだろうね」。信念を持っているからこそ、同じ場所に留まり続けることはしない柔軟性と勇気を、親しみのある関西弁で語り掛けてくれた西さんに、わたしは心底惚れてしまった。

 一日に意思決定できる数は決まっている、と聞いたことがある。それさえも使い果たしてしまったということだろうか。今週読んだたくさんの本から、お会いした作家さんの中から、ひとつ選び出そうと思っていた。4日間の会話がついさっきのことのように思い出される。より一層、決められなくなる。

 火曜。燃え殻さん、「人生で本を10冊も読んでいない」という衝撃の事実。(わたしはこの一週間だけで燃え殻さんの44年分の読書量を超えているが、しかし。)『ボクたちはみんな大人になれなかった』での、文章の音の響きとリズムが、尋常じゃないくらい気持ちが良い。実際お会いしてみても、ご本人が持つ空気とテンポ感が独特で、でも心地良い。アッという間に、小説家・燃え殻さんに魅了された。
 終わりの見える幸せほど、切ないものはない。大切だった元カノとの時間を回想するなんて、これほど苦しいことない。胸がヒリヒリし始め、最後にはチリチリと焦げて、煙を上げていた。お会いした時には、作品の舞台になっている“90年代”という時代について、お話しさせてもらった。作中の<うれしい時に、かなしい気持ちになる>ことがどういうことなのか、少しだけ見えてきた気がした。

 こんな文章を、いや、文章と呼べる代物ではない。こんな私用の日記のようなものを誰かに読んでもらうなんて、申し訳がない。でも今日書かなければ、もしかしたら明日はもっと書けないかもしれない。そう思って書いてみている。そうだ、日記なのだから。

 水曜。前田司郎さんは、仕事以外でも何度も会っているけれど、どこで誰とどんな状況で会っても、変わらない。演者として芝居している時もそのまま。(それが面白い。)燃え殻さんとはまた違うんだけど、“前田さんペース”みたいなものがあって、そこが崩れない。
 『愛が挟み撃ち』は、「真剣に愛について考えて、今までで一番時間を掛けて書いた」という。芥川賞候補にもなった、とても考えさせられる一作。同時期に出版された『異常探偵 宇宙船』は、前田さんの“初の推理小説”と銘打たれているけれど、登場する探偵は推理しない。脱力して笑える系だ。そして今執筆真っ最中という5月公演のお芝居の脚本は、おばあちゃん集団が熱海に行く、ただそれだけの話になるかな、なんて教えてくれた。前田さんの可能性は、未知数だ。

 書けない、と頭を抱えているわたしをネガティブに捉えないで欲しい。わたしはこの4日間でたくさんの新鮮で大きな発見をして、感動を味わって、とても楽しかったのだ。その湧き上がったたくさんの想いや考えがぎゅっと濃縮され、塊のままになっている。ただ、これを分解していくのには時間が必要なのである。

 木曜。Eテレ「サイエンスZERO」で6年間隣に並んで話してきた竹内薫さんとは、ラジオのスタジオで向かい合ってふたりだけで話すことに。少しばかり照れ合った。だけど色んな意味で、目線を合わせて、話してくれる。難しい話もレベルを合わせて分かりやすく、目を見て、伝えてくれる。
 竹内さんみたいな大人になりたい。もちろん、科学などの幅広い知識や頭の良さに関しては追いつけないけれど、時代が変わることへの順応性、少年のような飽くなき探求心が、とてもカッコいいと思った。57歳の竹内さんが「“昔は、良かった…”なんて言う人いるけど、良かったわけがない」と言う。子どもたちとカポエラーを始めて、側転が出来るようになって、今は倒立の練習中なのだとか。今の方が絶対に“良い”のだ。
 少年の心を持って、常識を打ち壊していくことを体現されている竹内さんには、科学の面白さだけではなく、人生の面白さ、教えてもらいました。ありがとうございました。

 月曜から昨日までの4日間、J-WAVEの午後1時から4時半までの生放送番組のナビゲーターを担当させていただいた。今までに感じたことのない緊張感と高揚感を味わった。ドラマの収録よりむしろ、舞台の本番と近い感覚である。だがラジオが舞台と違うのは、同じことを二度はやらないということ。毎日全く違う新しい内容で、本番を迎える。本番前も本番中も、たくさんの情報と刺激を処理するのに思考をし続けた。そして、口から言葉を発していった。だから頭の中に言葉は残っていないのだろうか。いや、あり過ぎるのだ。これを毎日繰り返しているクリス智子さんはすごい……!
 もう一度、今回お会いしたみなさんの作品を読み返して、言葉をあたため直して、想いの塊をゆっくりと解いていけたらと思う。幸せな疲れを感じながら、また来週……

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