南沢奈央の読書日記
2018/09/21

生命の讃美歌

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撮影:南沢奈央

 まさかビーバーの齧った小枝から、“今日もがんばろう”と奮い立たされるとは思いもしなかった。
 小川洋子さんの短編集『いつも彼らはどこかに』に収録されている8篇には、さまざまな動物が、人間とさまざまな関係性で登場する。たとえば、ある主人公は競馬場を見て、競走馬の付き添いで海外に行く「帯同馬」の運命を想像する。別の主人公は、絶滅した「ハモニカ兎」と、兎がデザインされた日めくりカレンダーを通じて毎日接する。入院した妹から世話を頼まれた「愛犬ベネディクト」はドールハウスのブロンズ製の犬だし、「チーター準備中」の主人公は、チーターの英名“Cheetah”の最後に潜んでいるhに特別な思いを抱く。
 他人から理解や共感をされなくても、孤独を抱えていても、不器用に生き方を貫いている主人公たち。彼らが動物の存在に自分を投影させ、生き方を確かめていくのだ。

 中でも、特に読後も胸の中で響き続けている一篇がある。小説家が主人公の「ビーバーの小枝」だ。彼女の小説を外国で翻訳していた翻訳家が亡くなり、彼の家を訪ねるところから話は始まる。20年近く、出版される本には並んで名前が載っていたし、本の内容をはじめ、家族の話を文通でやり取りしていたような関係だ。だが遠い国にいる作家と翻訳家は、これまで会う機会がなかった。
 初めて訪れた翻訳家の書斎にあったのは、ビーバーが齧った小枝だった。そしてそれは翻訳をする時に一番必要なものだったようだ、と翻訳家の息子から聞く。毎朝まず森を散歩し、そこで見つけてきたビーバーの小枝一つ一つを登場人物に見立てて、動かしながら小説の世界を思い描いていたという。生前どのように自分の小説を翻訳してくれていたのかを、初めて知ったのだった。
「別の生命を授けられたもののように見え」るビーバーの小枝を手にした主人公と同じように、思いを巡らせる。仕事をコツコツと積み上げ、森の中にかつて誰も想像しなかった世界を生み出す。「皆、自分の仕事をしている」。その気づきが、自分の役割を果たしながら仕事をする動力になっていくのだ。ビーバーの小枝は、静かなる情熱に満ちていた。

 小川洋子さんが描く生命は、美しく、慈しみ深い。しかも人間も動物も、同じようにあたたかい。だからこそ、深い交流が生まれ、人間と動物に通ずる生きる上での信念が見えてくる。本書は、生きとし生けるものすべての生き方を讃美してくれるような一冊である。

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