南沢奈央の読書日記
2018/03/09

青春人情噺

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撮影:南沢奈央

 落語テロを決行しようと思うの。
 なんて斬新でかっこいい一言だろう!物語の序盤で、わたしの心は完全に掴まれていた。この突拍子もない宣言をした美園玲に。そして彼女が生きる『君の嘘と、やさしい死神』の世界に。実際言われた当の本人、百瀬太郎はかなり戸惑っていたようだが、いつの間にか恋に落ちている様子を見ると、この一言がきっかけなのではないかと思う。
 “落語テロ”という言葉を生み出した彼女は、クラスメイトと距離を置いていて、放課後には図書室で『志ん生人情ばなし』を読んでいる、一風変わった高校二年生。と書いてみて気付いたが、かく言うわたしも一風変わっていたということか。図書室で志ん生のCDを聴いて、ひとりニヤニヤしていた高校時代。わたしは今、同志と出会えたような気分だ。高校時代に出会っていたら、友達になって、好きな古典落語「死神」のオチについて語り合いたかった。

 さてその“落語テロ”とはなんのこっちゃということだが、文化祭でどうしても落語をやりたいという玲の計画である。落語研究会があるわけでもなし、個人では体育館を使用できないので、出し物と出し物の間に落語を始めちゃえというわけだ。百瀬はただでさえNOと言えない性格なのに、美しい顔立ちの玲に鋭い眼差しで「手伝って」と言われた日には、抵抗できない。
 断れずにずるずると手伝う百瀬に、「目的を達成するためには、遠慮なんてしてる場合じゃない」とお構いなしの玲。まっすぐで誰の表情を窺うこともしない。彼女は誰よりも、必死なのだ。
 落語にどうして魂を揺さぶられるか。落語の中に登場するのは、まさに玲のような人間ばかりだからかもしれない。目的は恋を実らせること、お金を稼ぐこと、時には家族と仲良く暮らすことだったり、それぞれ。だけど共通するのはみな、死に物狂いで生きている、ということ。結果その生き様が、人の心を動かすエネルギーになるのだ。

 物語の中に出てくる落語は主に「死神」「佃祭」のふたつだが、落語好きの心をくすぐるような表現が随所に散りばめられている。ちなみに、著者の青谷真未さんが意図的にそのような表現をしているのかどうか分からないので、ここからは私見になる。
 たとえば、生物部で後輩の女の子を手伝っている百瀬のところにやって来た玲の様子を<それまで綺麗に回っていた駒の軸がずれたように、彼女の機嫌が急速に傾いた>と表しているくだり。まさに女性の嫉妬をテーマにした噺「悋気の独楽」を連想する。他にも、玲の落語の稽古を見て、<褒めるということは結構適当で、無責任で、気楽なこと>という一文からは、「子ほめ」や「牛ほめ」を思い出してしまう。勝手にわたしが落語と結び付けているだけかもしれない。だけど、家族のことで悩む百瀬を励ます方法がなぞかけだったり、文中には粋な仕掛けが溢れている。
 それだけでは終わらないのがこの小説。文化祭や花火大会と言った、王道の青春シチュエーションも用意されているのである。放課後に空き教室でふたりきり、休みの日の買い出しの時に初めて見る私服にドキッ、鼻緒で足を痛めおんぶして歩くお祭り、横顔に照らされて見た花火……。
 古風な香りと青春の爽やかさが、絶妙なバランスでミックスされた一冊。そしてその化学反応によって、笑顔と涙が同時にやって来るという、まさに人情噺をたっぷり聴いたような読後感が堪能できる。

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