南沢奈央の読書日記
2018/05/04

イギリスからのお便り

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撮影:南沢奈央

 わたしは今、イギリスにいます。今回初めて、外国の地で読書日記を書いています。なんだか手紙を送るような気分。
 さて、ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしょうか。東京都心では夏日が続いているらしいですね。志賀高原でも20度を上回ったと聞いてびっくり。こちらロンドンは、最高気温10度にも満たない日々……。終始曇っていて、雨が降ったり止んだり、風も強め。イギリスらしい天気を堪能しています。撮影で行く先々で、現地の方も「めっちゃ寒いでしょ!」的なことを言っていたので、イギリスとはいえ、5月にしては珍しい寒さのようです。ブルブルと震えていたら、スタッフさんが中に着込めるようなダウンを買ってきてくれました。
 ホッカイロを全身に貼り、ダウンを着ている5月のわたし。日本は新緑の気持ち良い季節かと思いを馳せる今日は、みどりの日。
 実は出発前、荷造りが終わらなくて……正確に言えば、カバンに入れる本を決めかねて困っていたんです。旅先で実際そんなに読書する時間はないのは分かっているけれど、本は持って行かないと落ち着かない。特に一週間前のわたしは日本を欲していたので(「憩う旅をしましょ」をご参照ください)、日本の作家が書いた本を持って行こうと決めていました。逆に外国に行くなら海外文学を読みたい気分の時もあるから面白いもので。昨年末のフィンランドひとり旅(「サキとともに、旅しました。」をご参照ください)では、空港でサキの短編集を買いました(そういえばイギリス小説ですこれ!)。
 今回は日本の作家が書いた本を、と言っても範囲が広すぎて途方に暮れていたところ、読書日記を更新する今日金曜がみどりの日だということに、ふと気付いたのでした。
 “みどり”と言えば、岩波文庫の緑!岩波文庫は背表紙の色によってジャンル分けされている。わたしは青の思想系の本や、赤の海外文学も好きだけど、特に緑の日本近現代文学が好きなのです。その中から、わたしが今回イギリス旅のお供に指名したのは、中島敦の『山月記・李陵』。

 だけど正直、読書をする時間と余裕がないくらいにスケジュールが詰まっていました。それでもロケバス移動中に読んだ「山月記」「文字禍」は、本書の全11篇の中でも好きで何度も読んでいる2篇。
 「山月記」は、“臆病な自尊心”と“尊大な羞恥心”によって、虎になってしまった男・李徴の話。人との関わりを避けて孤立していった李徴に対して、可哀想だと同情してしまうときもあれば、自業自得じゃないかと厳しい目で見てしまうときもある。自分の足りない部分と向き合うのが怖くて師に教えを請うこともしない。また、自分の才能を過信して友と切磋琢磨することもしない。そりゃあ詩人として名を残すに至らないよね、と思いつつ、今回やけに感情移入してしまったのは、イギリスのどんよりした天気のせいだけではないかも。
 英語が出来ない。でもどうにか伝えるために、間違いも沢山あるだろうけれど、簡単な単語と大きなジャスチャーで表現するしかない。自尊心と羞恥心を持った虎でいると、何も出来ないのだと痛感している真っ最中なのです。物語の最後、叢の中から友を見送ることしかできない虎の姿をした小心者・李徴に、胸を締め付けられました。窓の外を見ると、少しばかり雨が強まっていました。

 イギリスは、雨がよく降る割には乾燥しているように感じます。今も目が乾いてきたなと思ったけど、もしかしたらそれはパソコン画面をずっと見ているからかもしれません。
 パソコンによってドライアイになったり、ゲームによって目が悪くなったり、スマホによってストレートネックになったりするのと同じように、文字によるさまざまな影響があるというお話が、「文字禍」。人間に悪さをする“文字の霊”の正体を追っていくユニークな思想が展開されます。
 最近文字を覚えた人に、文字を知る以前に比べて何か変わったところはないかと聞いて、統計を作る。いろいろな返答が集まるのです。「今までは良く見えた空の鷲の姿が見えなくなった」「咳が出始めた」「下痢をするようになった」「俄かに頭髪の薄くなった」「顎がはずれやすくなった」「職人の腕が鈍った」等……わたしも当てはまるものがいくつか。でも、どうか文字通りの意味にはとらないでくださいね。

追伸~
 書き忘れました。面白いことがあったんです。
 『山月記・李陵』を持ってきていながらも、行きに空港の本屋さんで「空港で売れている本No.1」という帯だけ見て購入した一冊。機内で半分読みました。
 なんと、主人公が“緑”色のクルマ!その名も、デミオ!さらに物語のキーとなる女性が“翠(みどり)”!帰りの飛行機内で、残り半分読むつもりです。空の鷲の姿が見えなくならないように、読書灯をつけることを忘れずに。

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