南沢奈央の読書日記
2017/12/08

サキとともに、旅をしました。

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撮影:南沢奈央

 今日は天気が良いねとか、厚着し過ぎて暑くて仕方ないとか、スタバの期間限定フラペチーノを注文してみたとか、どうでもいい実況中継を姉や友人に送り付け、気持ちを落ち着かせていた。初めての国に行くというのは、初めての都道府県に行くとは訳が違うのだと、出国の一時間前になって急に気が付いてしまった。全身をつつみこむ緊張を払い落そうと空港内を歩いていると、“BOOK”の文字。
 本屋さんを見つけたことをすかさず報告して、本好きの友人へ聞いてみた。「旅のお供におススメの本は……?」。待ってましたとばかりに一瞬で返事が来た。「サリンジャーのナインストーリーズ!」。心やさしく、返事の早い友よ、ありがとう。だけど海外小説の棚の“サ”を見たのだけどないの……。あるのは、サリンジャーの『フラニーとゾーイ』、サンテグジュペリの『星の王子さま』。そして、五十音順的におかしいけれど何故かその二冊の間に置かれていたのは、『サキ短編集』だった。これは読んだことがないぞ。「これ、どうだろう?」「とても有名!サキ面白かったらおしえて」。
 こうして、わたしと『サキ短編集』のフィンランド&エストニアの旅が始まった。

 日本からフィンランドへ。約10時間、飛行機。
 早速本を開いて、文字を目で追っていると、不思議と落ち着いてきていた。
 二十一篇収録されているうちの最初の一篇「二十日鼠」は、汽車の車室で女性と相席になった男が自分の服に二十日鼠が入っていることに気が付いて、女性が寝ている間に裸になったら、目を覚まして、わお、というお話。男の慌てふためきようが面白い。わたしは、周りのお客さんに迷惑を掛けないように大人しくしていよう。そういえば、もし、服に二十日鼠が入っていたとしたら、飛行機搭乗前の身体検査でピーと鳴るのだろうか、なんてことを考えていたら、物語最後の女性の台詞に意表をつかれた!そう来たか!
 正直、サキという名前だけ何となく聞いたことあるけど面白いのかなぁなんて思いながら読み始めたのだが、ほんの8ページでわたしの心は掴まれていた。そうこうしているうちに、昼食がやってきた。ビーフorチキン?の質問に“チキン”と答える準備をしていたわたしの目の前にすっと置かれたのは、ポーク!意表をつかれた!

 翌日、フィンランドからエストニアへ。約2時間、フェリー。
 疲れだろうか、時差ぼけだろうか、すごく眠い。だけど眠ってしまうのは勿体ない気がして、船内を歩き回り、コーヒーを買って読書をすることにした。席がほぼ埋まっていたため、4人席のひとつ空いているところを見付け、簡単な英語で相席を申し入れた。笑顔で頷いてくれた。だけど周りからは、聞き取れない言葉の、家族や友達同士での賑やかな会話が聞こえる。心細くなってくる。
 でもわたしにはこの本があるから大丈夫。サキの作品には旅の移動中に読むには持ってこいの話が多い。汽車の中、騒がしい子どもたちを大人しくさせるために懸命に話をする伯母さんに代わって、見ず知らずの男がちょっと変わった話を聞かせる「話上手」。他に、船の上で元恋人と再会して惹かれ合うけれど、お互いたくさんの子どもがいて、合わせて“13人”という不吉な数になるのが気に掛かるからどうしようと企む「十三人目」。今このフェリーでもさまざまなドラマが起きているのだなと、船内を眺めているだけでわくわくしてきた。
 風刺とユーモアが絶妙なバランスのサキの作品と、世界遺産にも登録されているエストニアのタリンの街が近づいてきた高揚感が相まって、席を立った時、落とし物がないか椅子の下を確認したところで「宵闇」を思い出して、くすりと笑える余裕が出ていた。

 数日後、フィンランドから日本へ。約9時間、飛行機。
 解説を読むと、まず最初の一文がこうだった。
〈「泊まり客の枕もとに、O・ヘンリ、あるいはサキ、あるいはその両方をおいていなければ、女主人として完璧とはいえない」とE・V・ルーカスが批評してからというもの、この作家の作品をそなえておかないことには、気のきいた家庭とは言えないほどになったという。〉
 今回の旅でパスポートよりも近くにあったこの本。枕もとはもちろん、常に持ち歩き、トラムが来るまでの数分の待ち時間もすぐに取り出して開いていた。ブラックジョークでチクリと刺されては、身体がほぐれていっていた。
 “ビーフorチキン?”思いがけず聞かれ、またもや意表をつかれた。チキンご飯と蕎麦、ライ麦パン、という多国籍な夕食をいただきながら、旅を振り返る。
 ヘルシンキは小さい街で、意外と簡単に巡ることができた。そして気に入ったところには色んなルートで何度も行ってみたりした。もう最後にはほとんど地図無しで歩けるようになっていた。ヘルシンキ大聖堂の目の前の広場でやっているクリスマスマーケットには昼夜訪れたし、もみの木で出来たカンピ礼拝堂には計4回足を運んだ。
 サキの作品もそんな風に、ひとつひとつが数ページで短く、ふらっと立ち寄れる。「狼少年」「開いた窓」「おせっかい」は、旅の間に何度も読んだ。
 ああ、癖になるおもしろさを見つけてしまった……
 いつの間にか深い眠りについていて、着陸の振動で目を覚ましたわたしは、『サキ短編集』をお腹に抱えていた。数日振りに見る太陽の光がまぶしかった。

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