南沢奈央の読書日記
2023/12/01

幸せってあったかいなぁ

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撮影:南沢奈央

 近頃、涙もろい。悲しいとか辛いという感情よりは、感動泣きである。
特に、子どもや若い子が頑張っている姿には弱い。夏の終わり、群馬の旅館に泊まったときに、同じタイミングでブラスバンド部の中学生たちが合宿に来ていると聞いて、旅館の体育館での様子を見せてもらったことがあった。午後に地区大会本番を控えていて、最後の通し稽古という段。みんな本番同様の衣装を身にまとい、準備しながら緊張のあまり泣いてしまっている子もいて、真剣さがひしひしと伝わってくる。「がんばれ~」と保護者のような気持ちで見守る。
 そして演奏が始まって、おどろいた。力強い楽器の音と、息の合ったフォーメーション、見事な演奏……というのはもちろんだが、そんなことは置いておいて、若い子たちが全力で頑張っている姿は無条件でわたしの心を動かした。さきほどの「がんばれ~」なんて吹っ飛んで、「こちらもがんばらなきゃ……!」と思わされる、圧倒的輝きに涙が止まらなくなった。後日、その学校が全国大会出場を決めたというニュースを見て、ふたたび涙したのだった。
 少し前に読んだ、あるエッセイでもそうだった。それは著者が妊娠、出産したところから始まって、本の最後のほうではその娘さんが一人で学校に通うようになるところまで綴られていた。先のブラバン中学生と違い、もはや顔も知らないし、直接その子の成長や頑張りを見たわけではないのに、ランドセルを背負って一人で学校に向かうその背中が見えてきて、なんだか感極まってしまったのだ。

 さらに最近は、誰かの幸せな姿にも涙するようになった。しかも子どもや若い子ではなく、おじいさんとおばあさん。しかも、猫。
 カフェで読みながら鼻をじゅるじゅるさせてしまったのは、ねこまきさんのコミック『トラとミケ5 うれしい日々』である。この読書日記で、今から4年以上前に「麦茶とねこ」で紹介した『トラとミケ』シリーズの5巻目。帯の文句「最幸傑作!!」の通り、最高に幸せな気持ちになれる一冊である。
 今回は、タイトルにある名古屋の老舗どて屋「トラとミケ」に集う常連客の恋模様を描いている。
 季節を巡りながら、二つのラブストーリーが並行して進んでいく。一人は、ネイルサロンを経営しているルミちゃん。恋人と別れたばかりだし、お店の売り上げもいまいちで絶不調中。仕事帰り、雨にも降られてしまい、傘もなくてどうしようかなと思案しているところに、「僕も駅まで行くので入っていきますか?」と声を掛けてくれた一人の男性。数日後、「トラとミケ」で偶然再会したことから、二人の仲はぐっと縮まっていく。ちなみに再会した瞬間のルミちゃんの表情が素敵すぎるので、注目ポイントだ。

 そしてもう一つが、わたしが涙を流したシンちゃんの恋だ。シンちゃんは、子ども4人、孫7人のおじいさん。妻のチヨさんには先立たれ、今は写真店をやりながらひとり暮らしをしている。そんなある日、旅先でチヨさんに似ている雰囲気の女性と出会う。それが、冬乃さんだ。夫を亡くしたばかりで、心の傷が癒えていない。そんな冬乃さんを見ていて、気分転換にと一緒に出掛けるようになり――という熟年ふたりの恋模様。
「青春の曲は?」という話題で、ふたりともチューリップの「青春の影」で一致する場面はハイライトだ。歌詞とともに、お互いにむかしの大切な思い出を語り合うのだ。わたしも脳内で曲が再生されて、まるで自分の青春の曲かのように浸ってしまった。失った人の存在を思い出すのは苦しい。だけど徐々に一緒に過ごすことであたらしい思い出がつくられ、前を向けるようになっていくその過程が、恋模様でもあり、人生の歩み方だなぁとしみじみ心に沁みる。わたしが幸せ涙を知った、「トラとミケ」でのふたりのやり取りは、ぜひ本書で。
 人肌恋しくなってくる12月、こういう一冊がそばにあるとほっとする。あぁ、幸せってあったかいなぁ、と思い、また涙。

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