南沢奈央の読書日記
2021/07/02

長ぐつとアイス、そしてサバラン

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撮影:南沢奈央

 長ぐつ、レインコート、雨傘。雨の日にしかできないコーディネートがうれしい、という気持ちは子供のころから変わらない。雨だからという憂鬱な気持ちは消え、むしろ心が躍る。
 替えの靴下を持っていこう、それと、濡れたカバンを拭くためのタオルも忘れずに。子供のころ、母にしてもらっていたことを思い出す。それがとても大切な思い出に思えるようになってきたのは、大人になってからだ。実家を離れて、親にやってもらうことが減ってきて、その愛情ややさしさ、思いやりに気づく。するとちょっとだけ泣きそうな、切ない気持ちになるのは、この暗い空のせいかもしれない。
 そして実家に無性に帰りたくなってしまったのは、益田ミリさんの『沢村さん家のたのしいおしゃべり』のせいだ。
 この本は、父・四朗さん(70)、母・典江さん(69)、娘・ヒトミさん(40)の沢村さん家の日常を描いたコミック。それぞれの何気ない出来事や他愛もない会話から、家族のあたたかさを感じられて、ほっとできる一冊である。
 ヒトミさんが典江さんから長ぐつを片づけなさいと言われて、「長ぐつは子供時代のまま近くにいる」「ちょっとだけ子供に戻れるんだよね~」としみじみしている姿を見て、まさにこれ!と思った。長ぐつって、不思議としみじみしちゃうのだ。

 最近、実家の近況を聞くたびに話題にあがるのが、アイス。父がアイスにハマっているらしい。ハーゲンダッツの新しい種類が出ては試して、お気に入りを見つけているとか。それを聞いて今年の父の日には、冷凍庫から出したばかりのカチカチのアイスもすーっとすくうことができるというアイスクリームスプーンをプレゼントしたら、かなり喜んでくれた。
 とはいえ、父が食べるアイスを買ってくるのはいつも母で、家のアイスの在庫を切らすとブーブー言われる、自分で買ってくればいいのに、と話していた。実家に帰ってご飯を食べると必ずアイスを勧められるくらい、わたしもアイスが好きで、行くたびにほぼ食べているから、在庫不足の原因はわたしにもあるからゴメンと思いつつ……。母は、近所のスーパーに父お気に入りのアイスがないときには、少し離れたスーパーまで行って買ってきてあげるのだという。
 でも最近の母はというと散歩にハマっていて、1日に2回散歩に出ているというから、少し離れたスーパーまで散歩がてらアイスを買いに行くというのは、ちょうどいい目的になっていて良いじゃないか、とわたしは思っている。
 この本の中で、ヒトミさんがお風呂上がりにアイスを食べようとして冷凍庫を見たら無くて、「アイスの気分だったの!!」と拗ねている姿を見て、最近の父もこんな感じなのだろうかと微笑ましく思いつつ、わたしも実家に住んでいるときはそうだったなぁなんて懐かしく思った。なるほど拗ねることができる場所があるっていいな。そういえば最近、拗ねていないな、と父お気に入りのアイスを食べながら思う。

 好物といえば、「なに食べたい?」というエピソードが印象的だった。四朗さんと典江さんがランチに何を食べようかという話をしていて、「うなぎ好きでしょ?」と四朗さんの好きなものを提案してくれる典江さんだったが、ふと「そういえば妻の好物とはなんだったか。これまで夫や子の食べたい物ばかりに合わせてきたのではないか」と思った四朗さんが、典江さんの食べたいものを聞いたら、「ピザ」という意外な答えが返ってきたという一篇。
 これを読んで思い出したのが、和菓子好きな母が、実はサバランに目が無いということを5、6年前に知ったときの衝撃。母がサバランが好きだなんて、初耳だったのだ。そもそも母の口から「サバラン」と聞いたことがない以前に、わたしはサバランというスイーツを知らなかった。だからまず、こんなにラム酒がしみしみの大人のスイーツがあるのか!と驚き、25年くらい一緒に暮らしてきて母の好物を知らなかったのか!と、何重にも驚きがやってきたのだった。
 まだまだ家族だからこその知らない部分があるかもしれないと思うと、またもや実家に帰りたくなってしまう。

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