南沢奈央の読書日記
2020/02/28

お母さんのお弁当

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撮影:南沢奈央

 今食べたくても食べられないものがある。
 それは、お母さんのお弁当だ。
 わたしの好物が卵焼きになったのも、母の作る甘い卵焼きがすごく美味しかったからだ。お弁当に入っていたら嬉しいおかずランキング、堂々の1位! 未だに、仕事の現場のお弁当に卵焼きが入っていると、テンションが上がる。それが極甘だったらもう、言うことはない。
 お弁当を開けたときにテンションが上がるといえば、海苔弁の話題は外せない。だが気を付けなければならないのは、海苔が全部蓋にくっついてしまっている場合もあること。その場合へこむことにはなるが、気持ちを切り替えて、丁寧に蓋から海苔をはがすのに集中……。
 それだからこそ、特別好きだった。だって、食卓で決して巡り合うことのない、お弁当限定のメニューなのだから。

 今わたしが、母の作った海苔弁と卵焼きを無性に食べたくなっているのは、『おかんと反抗期息子の海苔文字弁当』を手に取ってしまったからだ。
 本書は、インスタグラムで人気となった“海苔文字弁当”をまとめた一冊。反抗期を迎えた中学生の息子に、海苔で文字を切ってメッセージをのせた、海苔文字弁当。話題になっているのは耳にしていたけれど、そのものを見るのは初めてだった。
 予想以上のクオリティに、芸術的だなとさえ思った。ノートに下書きをして、クッキングシートに写し、一文字ずつ切り取る。海苔と重ねてハサミで切り、細かい部分はカッターを使う。これを大抵は前夜に作り、ラップをかけて冷蔵庫に入れておく。
 海苔文字だけ作っても、お弁当完成ではない。翌朝、お弁当箱にご飯を詰めて、そこに文字を乗せていく。小さいパーツは手や箸ではなくピンセットを使い、また海苔が付きづらいときは爪楊枝でマヨネーズを糊代わりに塗る。
 海苔文字ご飯だけ作っても、お弁当完成ではない。色どり豊かで、手の込んだおかずが数多く並ぶ。見た目からどれも美味しそう。
 作る労力と完成したお弁当に、感動した。

 期末テストの前には「努力を神さまはちゃんと見てるで」。親子で衝突してしまったときには「親は何だかんだ言ってもいつも味方やで」。時にお父さんの代弁をして「もう遊んでくれないっておとん…寂しがってたで」。
 面と向かっては言いづらいメッセージを海苔文字にして込める。わたしだったら学校で蓋を開けたときに、わぁーって泣いちゃいそう。
 こういう胸にぐっとくる系以外にも、関西弁とダジャレで、ユーモアがあふれているものもある。
 おかずに入れた鮭に掛けて、「おかんがシャケぶ ファイトやで~www」。赤いウインナーが食べたいとリクエストしたくせに残してくる息子に向けて、泣いてるたこさんウインナーと共に「僕たこさんウインナー いつも残さないで」。お箸を入れ忘れてしまった翌日には「お箸入れ忘れてごめんなさいたまスーパーアリーナ」。つい笑っちゃう仕掛けで、楽しいお弁当だ。
 時に「せんたく物部屋に溜められたら困りますねん」とか「私のほうじ茶アイス食べたやろ」、「返事はいつもこの3言『ふつう』『色々』『別に』他にないんか~い」といったお小言が入っていることもある。周りの友達に見られたくないからすぐ食べちゃいそう。
 反抗期の息子さんからの海苔文字の感想も「別に」のことが多いようだが、食べて空のお弁当箱を持って帰ってくるということは、お母さんからのメッセージは受け取ったということになる。
 お母さんがお弁当を作って、息子さんがそれを食べる。それだけでコミュニケーションになっているから素晴らしい。

 お弁当を作るって、こんなに手間暇かかって、こんなに思いも込めてくれていたのだなと、お弁当を作ってくれた母のことを知れた気がする。
 昼休みに教室でお弁当の蓋を開けるときのワクワク感はもう味わえない。あの海苔弁と卵焼きの大事な味を噛み締めた。

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