南沢奈央の読書日記
2023/05/05

旅する354

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撮影:南沢奈央

 今年のゴールデンウィークは旅行に出かけている人も多いのではないだろうか、と想像するけど、いや、想像するからこそ、わたしはこの時期はあえて家に籠りがちだ。道路や電車が混むし、都心にも人が溢れる。なるべくそういったところは避けて過ごしたい。だけど部屋に差し込む柔らかな太陽の光が、窓から入ってくる爽やかな空気が、わたしを外へと誘う。やっぱりどこかへ行きたい……。
 そんな中ラジオを聞いていたら、「旅に行った気分になれる一冊」というテーマで、リスナーからのメッセージとともにさまざまな本を紹介する番組がやっていた。
 どっちみち舞台の稽古期間中だからこのゴールデンウィークは旅行には行けない。わたしも読書で旅気分を味わえたら。そう思って、積読されていた中から選んだのが、室橋裕和さんの『北関東の異界 エスニック国道354号線―絶品メシとリアル日本―』だった。
 だが読み終えてみたら、旅気分を味わうどころか、旅に出たくなってしまっている。今わたしが一番行ってみたいところ。それは国道354号線だと即答したい。おそらく、この本を胸に抱いて同じようなことを考える人は多いはずだ。どこかで354号線を巡るツアーが開催されていないだろうかと、即座に調べたりしている自分に自分でびっくりである。

 さて、その国道354号線とは一体何なのか。
 国道354号線、またの名を「エスニック国道」。群馬県高崎市から茨城県鉾田市まで北関東を横断している一本の道なのだが、実はこの354号線沿いに、移民が多く集まっているのだ。それぞれの場所で独自のコミュニティが築き上げられ、多様な文化が根付いている。
 ではなぜこの地域に外国人が集まるようになったのか。どのような暮らしをしているのか。本書は、多国籍グルメを愛する著者が、本場の異国飯を味わいながらその地域の人々と交流をし、彼らの、そしてその土地の、もっと言えば日本のリアルな姿を捉えたルポになっている。
 この本、早速、巻頭の写真から心掴まれる。コーランの教えが外壁に書かれているモスク、看板にブラジルの国旗があるスーパーマーケット、托鉢をする僧たち、畑で働くタイ人とラオス人の夫妻、そして初めて見る料理の数々。まるで外国を見ているかのようだ。だけどこれが日本、しかも自分が育ったすぐ近く、北関東の風景であることに驚かされる。
 高崎から354号線を東に進み、太平洋に突き当たるまでの道中を綴っているのだが、その途中途中で現れるエスニックな街の多様さたるや。50~60の国の人が住んでいるという群馬県伊勢崎市から始まり、「リトル・ブラジル」太田市・大泉町、日本に来たロヒンギャの大半が集まる館林市、パキスタン人が地元経済で大きな存在感を示す栃木県小山市、シーア派のモスクにヒンドゥー寺院まである茨城県古河市、インドを中心に信仰されているシク教の寺院がある境町、外国人が営む畑が増えている坂東市、人口のおよそ1割が外国人という常総市、「リトル・バンコク」土浦市・笠間市、北関東最大級のエスニック食材店のある鉾田市……。

「移民が集まる街」と一口に言っても、それぞれにまったく違う姿がある。個性がある。そこに住んでいる人が違うんだから当たり前の話なのだけど、その個性を掘り下げていくと、その土地の歴史を知ることにもなる。産業という面では、外国人にどれだけ支えられているかを知る。農家では労働者不足だけではなく、後継者不足という問題を解決してくれるのも外国人。日本の文化を外国人が繋いでいってくれているのだ。
 多様な文化を持った人たちが日本で暮らしていく。その中で生まれる社会的な問題は随所で表出していたが、それでも、実際に暮らす人たちの熱いエネルギーが感じられ、明るい笑顔が見えてくるようだった。
 さぁまだ知らない日本、354号線へ。ひと味もふた味も違う旅が待っていることだろう。

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