南沢奈央の読書日記
2019/11/01

「かわいい」を発見!

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撮影:南沢奈央

 突然ですが、猫が用を足している姿がとてもかわいい。
 実は7月に保護施設から2匹の猫ちゃんを引き取ってきて、実家ではじめて猫を飼っている。前に犬を飼っていたわたしからすると、初日のトイレは心配だ。そわそわし始めたら、トイレの場所に連れていってあげなければ、と様子を窺っていた。
 だがそんなことは取り越し苦労で、トイレの場所を教えずともちゃんと用意したトイレへ自分で行ったのは、驚いた。そして終えた後はトイレ砂で綺麗に埋める。そして何より、初めて見た、“最中”の表情。「恍惚」という言葉は用を足している猫のためにあるのではないだろうか。目を細めて、とろけそうな顔をしている。恥じらいなども忘れて無防備で、もはや感動的なかわいさだった。
 トイレをしている姿がかわいいのだから、もう何をしたってかわいい。
 ご飯を食べている姿、寝ている姿、2匹で仲良くおもちゃを奪い合っていること、自分のしっぽを延々と追いかけまわしていること、じゃれてきてくれる爪が鋭くて痛いこと、部屋から脱走すること、1匹は人懐っこくて撫でさせてくれるが直後にぺろぺろと体を洗うこと、もう1匹は警戒心が強くて絶対に触らせてくれないこと……。
 そんなことで、今年の上半期と下半期を比べると、言っている回数が10倍以上になっているのではないかと思う。
「かわいい」
「なにかにつけて言っている。一日中言っている」という益田ミリさんに同感である。「『かわいい』に出会い直してみよう」と書かれた『かわいい見聞録』が、まぁかわいい。

 手に取ってまず、カバーがかわいい。益田さんのゆるーいイラストの雪だるまや猫やパンダ、たい焼きやプリンアラモードやソフトクリームに、魔法瓶、小さい子どもたち、など。これらのどんなところがかわいく、その背景にはどんな歴史があって、益田さんのどんな思い出があるのかということがコミックとエッセイで書かれた中身も、本当にかわいい。
「くるくるくるっと巻いて、最後にちょろり」とするソフトクリームの「ちょろり」部分のかわいさを力説する章では、もはや誰かが食べているところを見るだけで幸せな気持ちになるというのは分かる。あの最初の一口。ちょろりを唇でカットする刹那の快楽。想像するだけで、ひんやりおいしい。
 ソフトクリームといえば、わたしは父を思い浮かべる。
 家族でドライブに出かけて、サービスエリアに寄ると、トイレに行ったと思った父がソフトクリームを持って車に戻ってくる、なんてことがしょっちゅうあった。
 ソフトクリームが好きなお父さん。落とさぬよう慎重に運び、溶けてくるソフトクリームを舌で受け止める。ソフトクリームを持った父は子どものようでかわいい、と子どもながらに思ったことがあった。
 とけるものって、なんか愛おしい。
 雪だるまもそうだ。そして「溶けてなくなるまで見守りたい気持ちが芽生える」のは、なるほどあの「ゆる~い完成度」だからなのかと、益田さんの分析で合点がいく。雪だるまのかわいさに決してクオリティは必要ない。周りで見つけた小石とか枝で工夫して作る。不恰好でもいい。むしろ溶けて崩れてきたところでさらに愛着が湧く。
 小学生の頃、雪が降ったらよろこんで姉と弟と外に出て、雪だるまを作ったものだ。思い出してみれば、兄弟3人で一つのものを一生懸命になって作るなんてことは雪だるまくらいだったのではないかと、ふいに貴く思えた。
 本書で身の回りの「かわいい」を再発見していったら、自分の思い出も再発見していた。

 2匹のかわいい家族が増えて、「かわいい」が爆発している今日この頃、実は先週、家族がもう1人増えた。弟夫婦のところに女の子が誕生したのだ! わたしの姪っ子だ。
 新しい家族たちと、これからたくさんの「かわいい」を新発見していけるのかと思うと、頬が緩みすぎてどうにかなりそうだ。

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