南沢奈央の読書日記
2019/04/19

豆のすじを取るということ

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撮影:南沢奈央

 実は、前回紹介した綿矢りささんの『手のひらの京』の文庫本を本屋さんで手に取ったのは、カバーが目に留まったからだった。今日マチ子さんによる装画だったのだ。
 わたしは今日マチ子さんの作品が好きだ。何年か前に、雑誌の連載で、百人一首を今日さんの解釈で1ページの漫画にするというものがあった。たまたま連載初回を読み、透明感のあるイラストと切り取り方の巧みさ、百人一首の解釈の爽やかさに惹かれ、それからわたしは毎月雑誌を買っては今日さんの連載ページを切り抜いて、ファイリングをしていた。
 今日さんが描く少女が本当に素敵なのだ。周りに漂う空気感が良い。色使いもあるかもしれないけれど、やさしくて、でもどこか意思をしっかり持っているのを感じ取れる。『100番めの羊』は修道院で暮らす高校2年生のなおみという女の子が主人公で、“なおみ”と“なお”で名前も近いし、ショートカットな感じが似ているから、妙に親近感を覚えたりした。帯に“目指せ!TVドラマ化!(本気です)”と書かれていて、なおみ役を出来ないかなぁなんて未だに夢想している(本気です)。また、少女と戦争をテーマにした『いちご戦争』は、かわいさと怖さが共存していて、すごい世界観。絵を眺めているだけでも良し、さまざまな読み取り方もできる作品集なので、いままで、何度か友達などに贈っている。

 今日さんの作品の中では珍しく、少女ではなく、女性が主人公の漫画と出会った。それが『ときめきさがし』だ。
 主人公は、24時間働くことが大好きだというOL。働きすぎて倒れてしまい、1年間仕事を休まなければならなくなった彼女が、ヒマさに戸惑い、“働きたい”とうずうずしながらも、どう生きるかを探っていく物語だ。
 これは今日さんの経験が元になっている。実際、仕事に夢中になりすぎて、倒れてしまったことがあるという。長い連載期間を経て一冊の本となった本書を、今日さんは「私自身の考え方も変化して、その記録にもなった大切な一冊」と紹介していた。
 主人公ははじめ、時間があるうちにできることをやらねば!と張り切り、1週間分のおかずを作り置きしたりなんかする。でもすぐにヒマが耐えられなくなり、友達に連絡を取ってみたり。少し慣れてきて、職場では履けないような派手な靴下で出掛けたり、平日にのんびりヘアサロンに行ったり、ガーデニングを始めたり、楽しみ始める。だけど、職場の後輩が働く姿を見て、「わたしだって仕事がしたい」と悔しい気持ちになる。さらに子供が出来たことによって、“仕事”について考え直し、気持ちが変化していく――。
 
 わたしは主人公ほど仕事大好き人間ってわけではないのだけど、深く共感した部分がふたつあった。ひとつは、友達にいざ連絡を取ろうとしたときに、誰に連絡すればいいのか、悩む場面だ。仕事が忙しいと、友達からの連絡を放置してしまっていて、1週間後に返事していないことに気づいたりする。そうして不義理を積み重ね、なんとなく友達が減っていってしまった、というのは実際わたしもある。だから休みの日に誰かとご飯に行きたいと思っても、さて誰を誘おうかと考えている間に休日の終わりが見えてきて、結局実家に帰るのだ。
 もうひとつ分かるなぁと思ったのは、「あたたかいお茶をあたたかいうちに飲むのはむずかしい」ということ。わたしもこういった原稿を書く時に、コーヒーを淹れたりするけれど、あたたかいうちに飲み切れた試しがない。だいたい書き終えて、さぁゆっくり飲もうという時にはすっかり冷たくなっている。
 だから主人公があたたかいことの奇跡に気づいて、「1年間のお休み中 わたしはお茶をあたたかいうちに飲む」という何気ない心がけをしたことは、とても素敵だなぁと思った。生活の中で疎かにしてしまっている部分が、わたしの中でもいくつも見えてきた。

 今日さんはインタビューやTwitterでこんなことをおっしゃっている。
「輝いているようにみえる人でも、たぶんその瞬間に合わせて輝きを出しているだけで、普段はもっと地道なことをしているはず」
「すぐに答えを求められることが多いけど、人生にはこういう地味の先に自在な時間軸があることを大切にしていきたい」
 冒頭のシーンの、主人公の決意のフレーズが頭の中に流れる。
「山もりのすじをむいたきれいなお豆を頼りに 私は 長い休みを生きはじめることにした」
 豆のすじを取るということを、もっと大事にしていきたい、と思った。

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