南沢奈央の読書日記
2020/07/17

青春は強いビートで

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撮影:南沢奈央

 ここにいる数百人の心臓は今、同じように鼓動しているのではないか。
 以前、あるロックバンドのライブを見に行ったとき、自分の胸に手を当てながら思った。彼らの奏でる音によって、心臓が突き動かされているのを感じたのだ。心臓が音楽に乗っている。彼らが熱くなれば熱くなるほど、強く強く鼓動していった。すると、無意識のうちに、涙が溢れていた。
 最近もこんなことがあった。高校のブラスバンド部が密着取材されているテレビ番組を、ご飯を食べながら何気なく見ていたとき、演奏のシーンになった途端、胸がどきどきして、ぶわっと涙がこみ上げていた。
 音楽を聞いて、自制することがむずかしいくらいに涙がこみ上げてしまう。こういうことがときどき起こるのである。何の涙かも分からない。おそらく“感動”と分類されるであろう、この感情、この状況をうまく言葉にすることができないのだけど、その度に思う。
 やっぱり、音楽の力って凄い。

 同様の体験を、まさか小説でするとは思いもしなかった。
 6月に出版された、葵遼太さんのデビュー作、『処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな』。
 このタイトルを見たわたしの第一印象は「長っ!」という安直なものだったが、「おっ?!」とピンとくる人はどれほどいるのだろうか。
 これは、1990年前後に活躍した、アメリカのロックバンド・ニルヴァーナのヴォーカル兼ギタリスト、カート・コバーンの言葉なのだそうだ。わたしはその名を聞いてもピンとこないくらい無知なのだけれど、物語を読み進めていくうちに、この言葉の意味の深みが増していった。
 この物語の主人公は、2度目の高校3年を迎えた佐藤晃。「自己紹介では、とにかく目立たないことだけを考えること」という目標を早速失敗して、クラスの中で少し浮いてしまったが、「なるべく、無理してでも明るく振る舞うこと。元気なふりをすること」を目標に一年過ごそうと自分に言い聞かせる。
 すると、同じようにクラスに馴染めなかった、ギャルっぽい白波瀬巳緒、オタクの和久井順平、吃音でうまく話せない御堂楓が自然と集まるようになる。その他クラスメイトたちは、社会性や協調性という能力を発揮させて、クラスの空気を壊さずにうまく溶け込んでいる。
「あのクラスの空気に反対する同盟を結ぼう」
 突拍子もない提案によって、4人はロックバンドを組むことになる。晃の2度目の高校3年の青春が始まる、と同時に、1年前の場面が織り交ぜられていく。1度目の高校3年のとき、人生最高の朝を共にした砂羽という恋人がいたこと、砂羽と同級生の藤田と3人でロックバンドを組んでいたこと、砂羽の闘病に毎日付き添い学校を休んでいたこと、そしてそれからが明かされ、現在に繋がっていく――。
 恋人の死を経験し、ふたたび生きる意味を見つけていく晃、そして高校最後の青春が鮮やかに描かれる。

 青春、といっても、この物語にあるのは「ロックな青春」である。
「ロックな生き方」という言い方があるように、ロックという言葉の持つイメージは、“強さ”だ。他人に流されない強さ、偽らない強さ、努力する強さ……。
 取り繕ってばかりで、偽りのやる気でバンドに取り組んでいた晃も、日に日に「降り積もっていく虚無感」を打破したのは、やはりロックだった。白波瀬、和久井、御堂がバンドに熱を注ぐロックな姿に動かされ、かつてのバンド仲間・藤田から言われるロックな言葉が刺さり、そしていよいよ学園祭のステージに立ったとき、気づくのだ。「音楽は、ロックンロールは、ひとりでやるものじゃない」、「もう、孤独ではない」と。
 バラバラに見えた人たちが集まって、一つのバンドで、それぞれに何かを乗り越えていく過程を追っていくうちに、気づいたら、読んでいるわたしの心臓は物語のリズムに同期して、こみ上げる涙を抑えることができなかった。例の、心震える演奏と出会った感覚と同じ体験だった。
 実際、読んでいるあいだ、ずっと音が聞こえてくるようだった。
 はじめはベースだけが聞こえているところに、ギターが加わり、ドラムがリズムを刻み始め、キーボードが鳴り、ボーカルの歌が乗る……と次々音が重なっていって、どんどんと命が宿っていく。とはいえ、美しいだけではなく、時に鼻歌だけになったり、不協和音が聞こえてきたり……、それらも含め、本書は見事な一曲になっているように感じた。
 そして分かったことがある。
 音楽は、生命力だ。生命力がなくては、完成しない。
 恋人の死という、高校生が背負うにしては重いテーマを背景に置きながらも、終始鳴り響く青春のメロディが全体の空気を軽やかに、あたたかくしている。
 強いビートを刻む、生命力に満ちた青春小説だった。

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