南沢奈央の読書日記
2023/09/22

オトナになる

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撮影:南沢奈央

 33歳南沢、40代なんて、まだまだ先だと思っていた。
 これまで40代が主人公の物語を読んでも、共感の域に入ることがあまりなかった。こういう生き方もあるのだな、とか、こういう感じなのね、という発見が多かったのだ。
 だけど最近、40歳の女性が主人公の『ヒトミさんの恋』を読んで、発見と共感のあいだにいることに気づいた。
 益田ミリさんが「週刊文春」で連載中の「沢村さん家のこんな毎日」の登場人物のひとり、ヒトミさんのエピソードを、描き下ろしも加えて再編集したという最新刊だ。連載では、父・四朗さん(70)、母・典江さん(69)、娘・ヒトミさん(40)、沢村さん家三人の日常を描いている。それが今回はヒトミさんにフィーチャーした一冊となっている。
 ヒトミさん、実家暮らしで、会社ではベテラン、彼氏なし。そんな日常の中で、14歳年下の後輩・マカベくんとふたりで会社帰りにご飯に行くようになる。初めは、ふたりで会うマカベくんとの関係について、恋愛に発展することはまさかないだろうと、深く考えないようにしていたヒトミさん。だけど、マカベくんと会う前には何を着ようかと悩んだり、新しいサンダルを買ったり。しかも家族には「友達とご飯に行く」と嘘をつくし、友達にもあえて話さない。そしてなにより、会うのが楽しみになっている。これって、恋――。

「恋をしたい」と言っていたヒトミさんが恋をしたわけだけど、「恋は盲目」の逆に行っているところが面白い。むしろ冷静で、自分のこと、相手のこと、両親のことを客観的に見るようになっている。大人の恋だなぁと思った。これは発見だった。家にいる父と母から感じる老い、そして恋した相手との年齢差。悩むというより、現実を受け入れているという感じなのだ。
 同じように実家暮らしだったマカベくんが一人暮らしを始めるということで「一緒に暮らさない?」と言われたときも、福岡に転勤が決まって「一緒に来ない?福岡」と言われたときも、さらっととりあえず断る。何気なく、いつもと変わらぬテンションで。
 その後も“もしあのとき、誘いに乗っていたら”という後悔もないし、引きずることもない。一人になったときにふたりの時間を思い出して切なくもなるけれど、どこか終わりを予感しながら恋をしていたのかも、とふと気づく。
 こういう現実を受け入れていく器は、わたしも最近育ってきているような気がする。むかしだったら、仕事で失敗したらその晩泣いて数日へこむ、なんてことしょっちゅうだった。経験を積んで多少成長していることもあるだろうが、失敗してもその日は反省したり悔しがったりするけど、「それが今の自分」とすぐに前を向けるようになった。
 ヒトミさんのように、恋においても同様のことができる自信はないし、「失恋の涙が愛おしいなんて小娘たちにはわかるまい」という台詞を読んで、あぁまだ自分は小娘なのだなとも思う。それでも共感できる感覚が散りばめられていて、“年を重ねること”、“両親との関係”、“人生のときめき”について、40代を見据えるようにして考えさせられた。

 変わらずそこにいる家族と、日常に変化を与える恋。
恋をしたヒトミさんの日常が、家族との日常を交えて描かれていくからこそ見えてくる、幸せのかたち。
 ほろ苦いのも人生。それでも、今ここにある、かけがえのない日常に気づかせてくれる。益田ミリさんの作品を読むたび、自分の一日一日を愛せるようになる魔法をかけてもらっているようだ。今回も、いただきました。

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