南沢奈央の読書日記
2018/10/26

無駄よ、おさらばだ!

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撮影:南沢奈央

 服が可哀想。
 約1年半前に引っ越して、ウォーク・イン・クローゼットに服を収納して以来、開けるたびに思っていたことだった。ついに声に出してしまい、ハッとした。
 畳んで箪笥などに入れて皺になるのが嫌だからハンガーで吊るしているというのに、ぎゅうぎゅうになっているから結局、皺になっている。それでも服を減らすことを考えると、まだ着られる服なのに捨てるなんて可哀想だと思ってしまう。服にとって、どちらが幸せなのだろう。自分にとっては? 答えが出ぬまま、また新しい秋服を買ってしまった。
 ウォークインするスペースもないクローゼット。作業机は物置と化している。その上には“ペン詰め”と呼びたくなるような、明らかにキャパオーバーのペン立て。隙間という隙間に本が差し込まれている本棚。
 物が多い!!
 その割には、“床に物を置きたくない”というこだわりがあるから、片付いてはいる。日々の生活は快適だ。汚いのも嫌だから、毎日どこかしら掃除をするし、ゴミ捨てもこまめにする。だから清潔は保たれているのだ、ということは、南沢奈央のイメージを守るために一応主張しておきたい。

 いつからか、家での読書が集中できなくなってきた。物が多いと、情報が多い。気が散るのだ。仕事も同様。台本を覚えたり、読書日記を執筆したり。前は家でやっていたことを、最近はカフェなど外に行ってやることが増えた。
 でも分かった。カフェに行っても、スマホがあると同じことなのだ。傍らに置いておくと、いちいちLINEの受信通知に反応して、Yahoo!のニュース速報を確認して、スマホが何も鳴らなかったら鳴らなかったで、電波が悪いのでは電池が切れているのでは、と気になって見てしまう……。つまり、依存しているのだ。

 わたしの母は、携帯電話を携帯しない。
 携帯に連絡して繋がらないときは、出かけているんだなと判断する。繋がる時は、大抵家にいる。最近ようやくガラケーからスマホに変えたけれど、携帯しないスタンスは変わらない。こちらからしたら不便なことはあるけれど、本人は外でスマホがないことにまったく不便を感じていないようである。
 一緒に出掛けて、電車に乗った時や映画が始まるまでのちょっとした待ち時間などに、母は迷わず、鞄から本を取り出す。
 わたしも前はこうだったのにな、とスマホを片手に、ほろ苦い気持ちになる。

 わたしは物に縛られている。気付き始めた今、依存しない人、物を持たない人に憧れる……。
『もたない男』中崎タツヤさんの噂はかねがね耳にしていたので、本書を手に取った次第。
「不動産屋に内見に案内されたみたい」と人から言われるという仕事場の写真が、まず冒頭に収録されている。物を捨てられない女としては、物の少なさ、いや、物の“なさ”と言おう。それに驚愕。ここで漫画を描いていると、いくら本人に言われても信じられない。
 物を置かない理由は、仕事に集中したいからだというが、そもそも著者は所有欲が弱く、「捨て欲」が異常に強い。
 気持ち良いくらいに、物を捨てる。本は、読みながら読み終えたページを破って捨てていく。作画資料や自分の原稿、挙句の果てには製本された自分の作品でさえ、シュレッダーにかけてしまう。今まで出演した作品のDVDはもとより、台本を捨てるという選択肢はわたしの中になかったから、この潔さに衝撃を受けた。
 自分に必要なものは何なのか、何が無駄なのか、を常に考えてしまうという。「自分にとって無駄なものを捨ててしまいたい」からと、家電や家具などはもちろん置かない。その上、椅子の背もたれが要らないからとわざわざノコギリで切ったり、ウォシュレット付きトイレの電源コードが気になるからと普通の便器と携帯型のウォシュレットにしたり……。普通、捨てるという発想のない部分に目が行くのだ。
 仕事道具であるボールペンにも、著者から見たら無駄な部分がある。使ってインクが減っていったときに、インクが入っていない部分が無駄だから、減るたびにカッターでペンを切っていく。つまり、短くしていくのだ。使いづらさよりも、無駄なものがあることが気になってしまう性分も、いろいろ手間が掛って大変そう。
 捨てることによって、ものの大切さを知ることもある。ボールペンではキャップに付いているクリップも、シャツのポケットにペンをさすことがないから要らないと、削ってしまったことがあるという。そしたら机に置いたときにころころと転がってしまって、シャツのポケットにさす以外に機能があったと気づいたとか。

 物を思い切って捨てられるようになりたいと思って読み始めた本書。参考になったような、ならなかったような。
 でも、読後不思議と爽やかな心持だ。著者の「まずは収納スペースから排除すべき」という振り切ったアドバイスに笑い、わたしの生活には無駄だらけなのだなと自覚した。
 ウォークインできない元凶である、約1年半前の引っ越しからそのままの、段ボール箱。いざ、手に掛けようではないか。

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