南沢奈央の読書日記
2023/10/20

山と旅に行く理由

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撮影:南沢奈央

 今わたしの中で、山登り熱と海外旅行熱が高まっている。
 山登りのほうは、9月に栃木・群馬の日光白根山、つい先日は東京の三頭山に行ってきた。日光白根山は日本百名山の一つで、関東以北最高峰、標高2578メートルからの遠くまで見通せる景色はもちろんのこと、眼下に点在する湖、池や沼がまた魅力を引き立てる。登山口から約6時間ほどの行程で、良い達成感と疲労感を味わった。
 三頭山は、標高1531メートル、奥多摩三山の一つで日本三百名山にも含まれる。1日の休みで行って帰ってこられる距離と登山の難度。登山道はちゃんと整備されていて、案内も丁寧。初心者やご年配の方も安心して楽しめる上、名前の通り、3か所山頂がある。西峰からは富士山も拝むことができ、途中に三頭大滝という見どころもあり、またふらっと行きたいなと思える場所であった。さて次の休みはどこの山に行こうか……と考えて心躍らせる日々。
 海外旅行のほうはというと、近頃周りで行っている人が多く、土産話を聞く機会が増えている。韓国旅行に行った母は、美味しくて安いお店を見つけて3日間のうちに3回も行ったという話や、現金が足りなくてアカスリが出来なかったという話を聞いた。そして韓国語を勉強している母は、数年ぶりに韓国に行ったら前に行ったときよりも韓国語が分かるし、口から出るようになった!とうれしそうに報告してくれた。ぜひとも近々連れていってほしい。
 いつもお世話になっているヘアメイクさんはベトナムへ。フォーとバインミーばかりを食べていてさすがに飽きてしまって、調べて行ったカフェでは1000円以上するコーヒーを飲んだそう。そんな話をお土産のカモミール茶をいただきながら、聞かせてもらった。ちなみにわたしのスマホのアルバムの1枚目に入っているのは、ベトナム・ホーチミンで行ったレストランで働いていた若い女の子のスタッフとのスリーショットである。
 海外旅行の話を聞くと、自分の海外の思い出が蘇ったり、行ってみたい国を考えてみたりして、海外旅行に行きたくなってくる。以前は年に1回は一人で海外旅行に行っていたのだが、コロナ禍になってから行っていない。ふとパスポートを見ると、有効期限が切れていた。まずはパスポートの手続きに行かなくては。

 そんなふうにして山登り熱と海外旅行熱が高まっているところで、本棚を見たら、それを満たしてくれるような本を発見。鈴木ともこさんの『山とハワイ』(上下巻)である。昨年、わたしが仕事で長野に行った際に、それを耳にした鈴木さん(長野県松本市観光大使であり、現地在住)がスタッフさん経由で、さらにお手紙付きでくださったニ冊だった。
 ほっこり柔らかい漫画のタッチで、3世代鈴木さんご一家のハワイ旅行記……と思いきや、かなり読み応えのあるコミック・ルポであった。
 ハワイのイメージとして「海」だったからこそまず驚いたのが、ハワイにはなんと、4000メートルを超える山が二つもあるということ。とにかく山だらけ、なのだとか。たしかに近年、ハワイでの火山噴火のニュースを目にすることは多かった。昨年38年ぶりにハワイ島のマウナ・ロアの火山が噴火し、今年キラウエアも噴火したという話題は記憶に新しい。そのマウナ・ロアとキラウエアに行かれたエピソードも収録されている。
 マウナ・ロアは、世界最大の山と言われている。標高は4169メートルだが、エベレストよりも体積ははるかに大きい。面積はハワイ島の半分を占め、東京と神奈川よりも大きいんだそう。そこを3日間かけて登った鈴木さんと旦那さん。登山口から歩き始めて1時間弱で緑がほとんどなくなり、ぼこぼこした地面になる。道という道がないので、石が積み上げられた「アフ」を目印に進んでいく。そして溶岩が流れた跡などを通っていくのだが、イメージする登山とはまったく異なる景色。荒涼としていて、どこまでも真っ平で、赤や灰色、茶色といったような景色が続く。
 山頂からの景色に、鈴木ご夫妻が「違う惑星みたい」「太古の地球かもね」と口々に言うように、荘厳な地球の大地を感じられる場所のようだ。近年も火山が噴火していることからも、あぁ地球って生きているのだなという当たり前のようで奇跡のような事実と、地球の持つエネルギーの圧倒的大きさと厳しさに気づかされる。他にキラウエアをハイキングし、地球上で最も宇宙に近い場所と言われるマウナ・ケアの山頂に行く様子も書かれているが、ただ体験談に留まらず、その山の言い伝えられている神話や、火山の歴史といった成り立ちを細かく調べたり見聞きしたりしていて、山からハワイの歴史を知ることができる。

 ――さて、ここで紹介させてもらったのもほんの一部だが、ここまでがハワイ島篇を描いた上巻である。
 下巻では、カウアイ島とオアフ島が描かれる。カウアイ島ではカララウ・トレイルのハイキングで、森に入ったり沢を渡ったり、断崖を越えたり、けっこう怪しげな人とすれ違ったり、素敵な日本人ハイカーと出会ったり……そしてその先に待っていたカララウ・ビーチのサンセットの絶景。道中の景色がしょっちゅう変わり、たくさんの人とも出会い、読んでいるこちらまで、心満たされあたたかくなるハイクであった。
 オアフ島・ワイキキでは、「これが今までのハワイのイメージでした」というような、ビーチ、ダイヤモンド・ヘッド、フラダンス、ショッピング、ローカルフードを楽しむ。でもここまでハワイ島からカウアイ島の旅をしているからこそ、〈「ハワイ」と思っていたものは「アメリカになってからのワイキキ」だけだった〉と気づく。わたしも、イメージの中のハワイって一片だったのだなと思い知った。そういったことも含めて、ハワイの自然に触れ、歴史から文化まで堪能するこの旅は、とても胸に響いた。
 そして、「おわりに」にある、〈たぶんモノからもらうしあわせには上限があって賞味期限も短いけれど 自然と人からもらうしあわせには そんなものないのだ〉という言葉に、静かに熱が高まった。そうそう、だから山や旅に行きたくなるのだ、と。

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